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彼の声 2018.5.19 「政治的な成果」

2018/05/19

 政治活動によってその成果が上がったよう
に思われる場合は、経済などの政治以外の分
野で何らかの改善傾向が表れる場合となるだ
ろうが、それが政治活動によってもたらされ
たとみなすには、それ相応の根拠が必要とな
るかもしれないが、政治的にはその成果を宣
伝することも活動になるわけだから、それを
政治的な成果として宣伝することに関して、
そうしたことを宣伝している政治勢力の支持
者にとっては、当然それが政治的な成果だと
信じるだろうが、そうした政治勢力のやって
いることを批判している勢力からすれば、そ
れが政治的な成果だとは認められないだろう
し、それに関して様々な機会を捉えて批判し
ていくことになるだろうが、成果が上がって
いるか否かというよりは、それによって政治
活動が成り立っているか否かが実質的には主
要な問題となるのかもしれず、少なくとも政
治活動を継続させる政治活動という循環的な
活動が政治活動を支えているわけだろうし、
それらすべてが政治活動でしかないわけだが、
要するに政治活動が行われていて、それを支
持する支持者によってそれらの政治勢力が支
えられている限りで、そうした政治活動が成
り立っている現状があり、そこで必要とされ
る政治的な成果とは、政治勢力を支持する支
持者をつなぎとめられていることにあり、支
持者が選挙の時に支持する政治勢力に投票し
てくれて、議会において主導権を握れる勢力
を維持できれば、それが政治的な成果と言え
るわけで、そうした成果と政治活動によって
社会に一定の貢献を果たすような成果とは次
元の異なることかもしれないが、実際に政治
活動によってに社会に貢献しているから、そ
の政治勢力への支持が集まって、議会で主導
権を握れる勢力を保っていられるということ
になれば、両方の成果が結びついていること
になるわけだが、必ずしもそうはなっていな
くても、議会で主導権を握れる勢力を保って
いられる場合もあるだろうし、そうなると社
会に貢献するような成果を上げられなくても、
それなりの支持を獲得できるわけだろうし、
それは相対的なことなのかもしれず、他の政
治勢力も大した成果を上げられない状態であ
れば、相対的に現状で主導権を握っている政
治勢力の優位が揺るがないわけで、たとえ不
祥事などが重なってある程度は評判を落とす
ことがあっても、それが選挙での不利には結
びつかない場合もあるのかもしれないし、他
の政治勢力も政治的な成果を上げられないよ
うな世の中の仕組みや状況がそこにもたらさ
れていれば、当然のことのように現状の政治
的な面での勢力図が変わらないこととなって
しまうのではないか。別に現状で主導権を握
っている政治勢力が意図してそれを狙ってい
るわけではないにしても、他の様々な方面か
ら及ぼされる作用や影響によってそうした成
り行きが形成されているとすれば、結果的に
そうした情勢がもたらされていることになる
わけで、現状で劣勢を強いられている政治勢
力がそうした情勢を打破できなければ、さら
にそうした情勢が続いていってしまうことに
もなるわけで、結局そうした情勢下では、特
に社会に貢献するような政治的な成果が得ら
れなくても、現状の政治的な勢力図が維持さ
れて、それによって大した不都合が生じてい
るわけでもないことになってしまうのではな
いか。

 実質的には政治問題化させようとすること
が、政治勢力の都合で決まってしまうことも
あるわけで、たとえ社会に政治的に取り組ま
なければならない不都合が生じているとして
も、どの勢力にとってもそれを問題化すると
不都合が生じてしまうとすれば、そういう問
題は避ける傾向が出てくるだろうし、そうし
た問題が何かといえば、それが政治的には解
決不可能なことになるだろうし、それが資本
主義経済から生じる貧富の格差のように、根
本的に社会の中で取り返しのつかない不平等
や不均衡を生じさせているとしても、そうし
た解決不可能な問題を持ち出してきて、実際
に解決できなければ、それに取り組んだ政治
勢力が批判されることにもなってしまうだろ
うし、そうなるとそうした問題を取り上げた
こと自体がやぶへびとなってしまうだろうし、
だから政治的な人気取りを念頭に置いた活動
を行うのなら、そうした問題はできるだけ避
けて、何か容易に成果に結びつくような問題
を積極的に取り上げることになるだろうし、
それも実質的には成果が曖昧なままでも、宣
伝することによって成果を強調できるような
問題が優先される傾向となるのではないか。
それが具体的に何かといえば、真っ先に挙げ
られるのが景気対策の類いとなるのかもしれ
ず、目先の指標となる景気指数の類いが上が
った時には積極的にそれを取り上げて成果を
強調できるだろうし、また下がった時にもそ
ういった指数は一つではないだろうから、他
の面でわずかでも改善している傾向があれば
それを強調すればいいだろうし、そうした何
らかの数値に変換できるような評価基準を多
数設定しておけば、それらの中のどれか一つ
でも良くなればそれを強調することで、政治
的な成果を強調できるわけで、他に絶対的な
評価基準がなければいくらでもごまかすこと
が可能なのではないか。しかもそれがごまか
しだとはみなされない可能性も高いだろうし、
そうした成果を強調できること自体において、
そういうことを他のことよりも優先して評価
基準として認めさせること自体が、ある意味
では政治的な成果とも言えるのかもしれず、
そういった自分たちに有利な状況を作ること
が、政治活動において重要な成果として位置
付けられているとしたら、自分たちの都合に
合わせて評価基準さえも設定してしまえるよ
うな状況を作りたいだろうし、そうしたこと
をやり始めるときりがなくなるかもしれない
が、他にやりようがなければそうしたところ
から政治活動として取り組む必要が出てくる
だろうし、実際にそうした努力の積み重ねに
よって現状がもたらされている面もあるとし
たら、まずは自分たちが有利な情勢となるよ
うな環境作りから政治活動が始まっていると
言えるだろうし、すでにそうした前提を構築
する上で、何が政治的な成果として認められ
るかを巡って、メディア勢力と連携してそう
した基準を作る作業を行なっているわけで、
政治的な成果として認められるような基準を
作る上で、主導権を握っている勢力に有利と
なるような前提を作ろうとしているわけで、
そういう部分で主導権を握れていないと、い
くら不祥事などを批判して民衆の支持を得よ
うとしても、そんなことは大した問題ではな
いという共通認識をメディア勢力の協力の下
に確立している現状があるなら、世論の支持
を取り付けられないことになるだろうし、そ
の時点で価値判断の面で批判勢力が遅れをと
っていることになるわけで、もちろんそれだ
けが評価基準とはならず、他の基準と合わせ
て総合的に判断されることになるのだろうが、
そうだとしてそもそもの政治的な成果という
のが、その政治勢力の支持や不支持とはあま
り関連性がないような場合もあるわけで、そ
うなっているとすればすでにその時点で、政
治的な成果にはあまり関心を抱かないような
政治的な無関心が、世の中に蔓延している状
況ともなっているのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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