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彼の声

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彼の声 2018.5.15 「矛盾したあり方」

2018/05/16

 現状が示していることが何を意味している
としても、その意味をどう捉えてみても、政
治的にはうまくいかない面があるだろうし、
例えばそこに民族や宗教などを基とした集団
が構成されると、国家的な官僚機構と対立や
軋轢を生じさせることとなり、国家自体が同
じ民族と宗教で構成されても、敵対する民族
や宗教などの集団との間で紛争が発生してし
まうわけで、根本的には同質の集団を構成し
ようとするから、それがそれとは異質な集団
との間で紛争の原因となるわけだが、それ以
外に紛争の理由を求めても、あまり説得力を
伴うような理由とはならないだろうし、だか
らと言ってそうした単純な理由でも納得しが
たいのかもしれず、人は紛争に至る成り行き
というのも執念深く憶えているわけで、紛争
の当事者として自らの立場を正当化する上で、
自分にとって都合のいい経緯として憶えてい
るわけだから、憶えている内容自体がいつも
不当な弾圧に対する正当な抵抗となり、悪い
のは敵対している集団の方になってしまうわ
けだが、一方で敵対している集団の方でも、
それとは全く逆の正当な主張を保持している
わけだから、結果的には対立や軋轢が解消す
るはずもなく、必然的に紛争に至るしかない
のだろうが、そうやって紛争に至りながらも、
経済活動が盛んな地域ではそちらの方が優先
されて、紛争が部分的な範囲にとどまってい
れば、たまにテロなどが起こっても散発的な
状況で推移して、決定的な破局には至らない
のだろうが、そういう意味で紛争も一つの活
動であって、他の活動と競合状態にあると言
えるだろうし、社会の中で様々な活動がある
中で、武力紛争が行われている状態としてテ
ロや内戦に明け暮れている地域もあるという
ことであり、そうした状態の程度にも様々な
段階や成り行きがあるわけだろうが、結局そ
れは成り立っている範囲で行われていること
であって、無理で不可能な活動ではなく、他
の様々な活動との兼ね合いの中で、そのよう
な活動も実行可能な余地があるから、そうし
た活動も行われているのだが、集団的な同質
性を拠り所とするそうした活動は、その同質
性が突き崩されてしまえば不可能になってし
まうのだろうし、民族浄化という大量虐殺な
どの発想なども、同質な集団をなくしてしま
えばいい、という極めて安易で単純な発想か
ら、そうした残忍な行為が行われてきた経緯
があるのだろうが、それも同質性を保持する
異質な集団同士の敵対関係が原因となってい
て、どちらの集団も同質ではなくなれば、そ
うした対立や軋轢も雲散霧消してしまうだろ
うし、そうはならないように集団内での結束
を維持しようとしているのだろうが、そうし
た同質性が突き崩される可能性としては、他
の活動の方が魅力的に感じられて、そちらの
活動が優先されるようになれば、同質的な集
団内の結束もそれなりに緩んでしまう可能性
も生じる余地があるのかもしれないが、普通
に考えれば、民族や宗教に基づいた結束が緩
む要因としては、経済活動の活発化が挙げら
れるだろうし、しかもそこで異なる民族や宗
教に関係する集団の間で経済活動が盛んにな
ればいいわけで、さらにそれが特定の民族や
宗教に関係する集団だけに利益がもたらされ
るのではなく、できれば民族や宗教とは無関
係な集団に利益がもたらされるような成り行
きになれば、そうした同質化が緩む原因とも
なるのではないか。

 実際にそうした経緯をもたらす要因として、
経済活動を活発化する企業が栄える成り行き
となっているわけだが、企業内で異質な民族
的あるいは宗教的な起源を持つ人々が共存し
ていて、さらに異なる生活習慣や風習を持つ
人々も共存できれば、それらに関しては対立
や軋轢が解消されるだろうし、できれば公の
行政の中でも制度的にそれらの要因による差
別や区別がなくなれば、やはりそうした対立
や軋轢が減じられることとなるだろうが、し
かしそうなったとしても、今度は特定の企業
に優先的に利益がもたらされたり、特定の国
家が世界の中で覇権的な地位を占めたりして、
そうした不均衡が生じると企業間や国家間で
対立や軋轢が生じることとなるわけだが、少
なくとも世界の中の主要国や主要企業の間で
は武力衝突は起こりづらくなっているだろう
し、そうした現状の中で民族的あるいは宗教
的な面での武力衝突をなくすことが、国際社
会の中では課題として浮かび上がってきてい
るはずで、現状でもそうした努力が行われて
いることは確かだろうし、少なくとも国家や
企業と民族や宗教が無関係となってくれば、
それに絡んだ武力紛争も沈静化してくるはず
だろうが、経済活動や政治活動と民族や宗教
とが無関係になってくるなら、それらが紛争
の原因とはなりづらくなってくるのではない
か。そして具体的にはイスラム教がテロや内
戦との関連で、宗教をいかにして国家的な制
度から切り離すかが課題となってくるのかも
しれないが、実際にはアラブ諸国をはじめと
してまだ宗教と国家が深く結びついている現
状があって、それを切り離すのは現状では困
難に思われるかもしれないが、そこにも経済
活動が絡んでくるだろうし、経済活動を優先
させると宗教活動がおろそかになってくれば、
相対的に宗教色が薄れるわけだろうが、それ
でも経済活動において功利的な利益の追求が
優先されてくると、倫理観や道徳観が薄れて、
心も世の中も荒廃してくるような状況が生じ
て、今度は宗教的な倫理観や道徳観の復権が
叫ばれるようになるかもしれないし、心や生
活習慣の拠り所として宗教に脚光が浴びるよ
うな事態となってくれば、そうした宗教の良
い面を強調するような成り行きとなるわけで、
そうした中で妥協的な方策としては、世界平
和に貢献する思想として宗教を正当化したく
なってくるわけで、そうしたやり方の中では
カトリックの総本山であるバチカンが主だっ
た立場を占めているわけだが、その是非は微
妙なところかもしれないが、またイスラム教
の方でもテロや内戦ではなく世界平和に貢献
する宗教として自己アピールを行なっている
人たちもいるだろうが、それらの肯定的な評
価を得ている宗教や宗派などに関係する教団
の類いでも、その内実が同質的な集団である
ことを堅持している限りで、いかに寛容精神
を強調してみたところで異質な集団と敵対す
る可能性は常にあるだろうし、集団的な同質
性を放棄するのはそれらの宗教教団としては
受け入れがたいことかもしれないが、それで
も社会の全ての面で宗教色が薄まることが期
待されているのかもしれず、またそうした傾
向は経済活動にも言えることかもしれないし、
特定の企業や国家ばかりが経済的に栄えるの
ではなく、世界の全てで利益が均衡化される
ことが望ましいわけで、そういうわけで宗教
の理想的なあり方は宗教活動が廃れる傾向で
あり、また経済の理想的なあり方は利益が特
定の企業や国家に偏らないことであり、どち
らにしても宗教教団としても企業集団として
も、望ましくないあり方が理想状態として提
示されているわけで、そこにそれらの活動の
矛盾が凝縮されているのではないか。
 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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