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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.5.9 「解釈の恣意性」

2018/05/09

 世の中で生じている物事の成り行きは、そ
こに人の思惑が絡んでくると恣意的な解釈に
さらされて、その解釈者の都合が反映したよ
うな語られ方がされるものだが、それがメデ
ィア上で話題となるような出来事なら、その
人以外でもそれについて語ろうとする者も現
れて、中にはそうした解釈とは違った意味合
いで解釈し直そうとする人もいるかもしれな
いし、そんな解釈を真に受けるかどうかは、
その解釈者自身の姿勢や解釈の内容を信用す
るか否かで決まるだろうが、解釈者が特定の
傾向の主義主張に凝り固まっているような場
合は、その凝り固まっている主義主張が反映
された解釈の内容になるだろうから、そうい
う傾向は割り引いて判断しなければならなら
ないだろうし、また最初からレッテル貼りの
ような決めつけを多用する傾向であっても、
それも特有の凝り固まり具合だろうからわか
りやすいのかもしれないが、普通に公平な観
点から信用できそうな解釈とは、そうした決
めつけやレッテル貼りによって攻撃対象を定
めるような解釈の内容ではなく、解釈の対象
を批判するにしても、批判の傾向が特定の方
面に偏らないような解釈なら、それなりに信
用できるかもしれないが、偏った方面への批
判でも、その偏った方面で活動する人々のや
り方があまりにもお粗末なら、そういう部分
は批判せざるを得ないだろうし、明らかにお
かしいと思われることをやっているのに、そ
れを正当化しようとする態度は、誰が見ても
おかしいと思われるのかもしれないが、おか
しいと思われることに関して、そうは思わな
い人が大勢いるようなら、何かそこに常軌を
逸した状況が出現しているように思われるか
もしれないが、それで取り立てて自分以外の
人たちが不都合を感じていないようなら、別
に常軌を逸した状況などではなく、そう思っ
てしまう自分の方がおかしいと疑ってみるべ
きなのかしれず、おかしいと思われる人たち
にもそれなりにまともな面もあるのかもしれ
ず、そうした人たちが通用している部分とい
うのが、社会のある一定の場所に出現してい
るとみなすしかないだろうし、そうした場所
では自分が常識として把握しているようなこ
とが通用しない状況となっているのかもしれ
ないし、自分の常識が通用しなければ、そこ
では自分がおかしいと思うような人々の常識
が通用している可能性があるのかもしれず、
そういうところで社会の多様性が実現してい
ると捉えておけば、少しは許容範囲が広がる
かもしれないし、頭ごなしに拒否反応を示さ
なくても、おかしいと思っている人たちへの
対処法などもそれなりに模索していく必要が
あるのかもしれず、それだけ思考や感性の柔
軟性を養えるのではないか。可能性としては
あらゆる方面で調整への努力が可能だと思わ
ないとやっていけないだろうし、それが現実
には無理であっても幻想を抱いていれば気休
めにはなるだろうし、気休めでは済まない厳
しい状況に直面してしまうこともあるかもし
れないが、そうしたところからも可能な限り
の譲歩を引き出そうとしなければ、安易に対
立して敵対関係を装ってしまうわけで、そう
した些細な差異を拡大解釈して対立を強調す
る姿勢は、今までに数限りなく行われてきた
経緯があるのだろうし、そうしたやり方では
駄目だと思うなら、やはり可能な限り譲歩を
引き出そうとしなければならないのかもしれ
ない。

 現状ではどんなに自らの立場を正当化しよ
うと、そうやっていること自体にある種の後
ろめたさが醸し出されているように見えてし
まうし、自らの立場の正当化は誰もがやって
いることでもあるのだが、それよりは自らの
否定的な面を認めないと正直さを醸し出せな
いし、普通に生きているだけで過ちを犯して
しまうことすらも、そんなのは当たり前のこ
とでしかなく、そんなことも含めて結局は正
当化する必要もないのにせざるを得ないとこ
ろが、すでにおかしなことになっていて、自
らに正直な生き方をしようとするとかえって
様々な軋轢に直面してしまうのは、もはや社
会が偽装や演技を必要とする仕組みとなって
いるからなのかもしれず、そうしないとうわ
べだけでも体裁を取り繕えない事情が生じて
いて、そうした回りくどい事情を無視できな
いから、かえって常軌を逸したことをやって、
バランスを取ろうとしているのかもしれない
が、結果的にはバランスを取る以上に捻じ曲
がってしまい、さらにそこに様々な力が加わ
って、どうにもこんがらがった事態が出現し
ているのかもしれないが、たぶんそれが当た
り前の状況なのであり、そうなる他ないから、
そうなっている状態から逃避しようとするわ
けだが、避けては通れない成り行きを避けよ
うとしているわけだから、当然のことながら
うまくいかないわけで、うまくいっていない
状況の中でもそれなりに活動していかなけれ
ばならないから、自らのやっていることを正
当化しようとすれば、偽装や演技が欠かせな
くなってしまうのだろうが、それを偽装や演
技だとは認識できず、そうした自覚すらなけ
れば、当たり前のことを当たり前のように行
っている感覚なのかもしれず、そうであるな
らそれで構わないわけで、何もおかしいわけ
ではなくなってしまうだろうし、かえってそ
うした事態を批判的に見ている側に、常軌を
逸した傾向があるようにも見えてしまうのか
もしれないが、それも現状のとりとめのなさ
の現れだと思うしかないだろうが、そうは思
っていても、なお状況を批判的に見ておいた
方がいいだろうし、実際に世界中で無理なご
り押しが行われていて、しかもそれが今に始
まったことではなく、いつの時代でも当たり
前のように行われてきたことなのかもしれず、
正しいことをやるのを捻じ曲げないと、今あ
る状況すら維持できないわけで、そこで何か
を肯定しようとすると、それと地続きな否定
的な面も一緒に肯定する羽目に陥ってしまう
わけで、どうあがいてもそれは無理な肯定と
なってしまい、では現状を否定すればいいの
かというと、それも肯定的な面まで否定して
しまうことになってしまうから、それも無理
な否定となってしまうわけで、結局は安易に
肯定したり否定したりできないわけではない
が、それをやってしまうと現状から遊離して
しまうわけで、現状のうちにとどまるには、
肯定しつつも否定的な面にも留意しなければ
ならないだろうし、またその逆が成り立つこ
とも示さないとリアリティを失ってしまうわ
けだから、そんな状態を恣意的に解釈してし
まうとしても、常にそれはとりあえずの暫定
的な判断とともに解釈していることは自覚し
ておいた方がいいだろうし、いつでもその解
釈を変更できるようにしておく必要があるの
ではないか。特に否定的な決めつけやレッテ
ル貼りをやってしまうと後戻りができなくな
ってしまうわけで、そうなった場合には素直
に自らの誤りを認める必要が出てくるわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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