文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.5.1 「物事の普遍性」

2018/05/01

 何かこの世界に普遍的な価値があるとした
ら、それはそうした幻想を抱くことに他なら
ないだろうが、人は自らの活動を支えてくれ
るそのような価値を夢想したいのかもしれず、
それによって自らが行なっている活動を正当
化したいのだろうが、普通に考えて価値とい
うのは相対的な物事の尺度であり、誰もが信
頼できる絶対的な価値というのはありえない
だろうし、そういう意味で価値の普遍性とい
うのは幻想に過ぎないわけだが、人は自らの
行為からもたらされた物事を正当化したいわ
けで、正当化するには自分がやっていること
に価値があると思い込みたいわけだ。だから
自分がやっていることを他の人たちも認めて
欲しいし、そんなことをやっている自分を支
持して欲しいわけだが、当然そこには利害関
係が生じて、その人にとって利益になること
は支持できるし、そんなことをやっている人
の味方にもなってくれるかもしれないが、利
益にならないことをやっている人を支持する
わけにはいかないし、当然そんな人の味方に
もならないだろうし、さらにその人にとって
不利益なことをやっている人とは敵対関係と
なってしまうのかもしれず、もちろんそんな
行為をやめさせようとするだろうし、やめさ
せることができなくても、目障りなら有形無
形の様々な嫌がらせや妨害を仕掛けてくるの
ではないか。そうした利害関係の中では普遍
的な価値など生じないだろうし、それらの関
係の全てにおいて敵か味方かの相対的な関係
しか生まれず、また関心がなければ関係すら
生じないわけで、実質的にはそうした無関心
や無関係の関係が世の中のほとんどの関係な
のではないか。そして世の中で普遍的な価値
を持つのは逆説的にそうした無関心や無関係
を生じさせる全ての物事であり、それは普遍
的な無価値であり、それがその人の活動を限
界づけているのではないか。その無関心や無
関係の普遍性というのは、自意識過剰な精神
には気づかないことであり、しばしば世の中
が自分を中心にして回っていると思い込んで
しまう意識が陥りがちな自己中心的な感覚の
無効性をもたらしているわけで、なかなかそ
の無効性を自己アピールばかりに気を取られ
た意識が感知できないのは、自分に関係して
いると思い込んでいる物事がこの世界の全て
であるかのように感じられてしまうからであ
り、それ以外の物事は無視しても構わないと
思われるだろうし、無視している限りで自己
中心的な感覚が成り立っているわけだが、そ
れが成り立っているように思われるのは、そ
の人が何らかの集団的な共同体に守られてい
るからであり、その共同体の中で主要な役回
りを演じていられる立場になれば、その共同
体のほとんどの構成員がその人のことを気に
かけてくれるだろうし、そうなれば実際にも
自らがそこで共同体の中心人物として主役を
演じているように思われてしまうわけだが、
そうした共同体が社会の全般に渡って影響力
を行使している実態があれば、その人の自己
中心的な感覚もあながち勘違いではないのか
もしれないが、そんな共同体には無関心な人
たちが少なからずいたり、実際に共同体とは
無関係なところで普通に活動している人々が
大勢いるようなら、そうした自己中心的な感
覚には普遍性がないことになるわけで、それ
こそがそうした人が抱く幻想に過ぎないこと
になってしまうわけだ。

 実質的にはそうだとしても、現代的な共同
体のあり方としては、メディアを通じて共同
体の存在を絶えず自己アピールしている実態
があるだろうし、そこで多くの人たちが関心
を持ってくれるように過剰に宣伝や煽動を行
なっていて、実際にそうした活動を真に受け
た多くの人たちが関心を持ってくれて、進ん
でそうした活動に関係しようとして、そうし
た共同体が催すイベントなどに参加してくれ
るような成り行きも生じていて、そうした宣
伝や煽動活動を通して多くの人の間で自己中
心的な感覚が共有されているわけで、さすが
にそれが世の中の全てだとは思わないだろう
が、善意の共感を示す証しとして、そうした
共同体が行う自己中心的な演技に賛同してく
れるわけで、そんな支持者が多いほど共同体
の中で主役を演じているつもりの人も、その
気になって我が世の春を謳歌できるのだろう
が、何かのきっかけでその人気にも陰りが出
てきて支持者が減ってくると、そんな共同体
自体にも共同体の中で中心的な役割を果たし
ている人物にも関心がなくて無関係な人々の
存在が意識され始めて、それらが関係する現
象にも普遍的な価値があるわけでもないこと
が明らかとなってくるわけだが、またそうし
た成り行きによって、この世界に存在する全
ての物事には相対的な価値しかなく、それ自
体に普遍性が宿ることもなく、そうした物事
とは無関係に存在しているように感じられる
その他の物事の無関係性に無価値な普遍性が
宿っていて、またそれらの間でたまたま偶然
の巡り合わせから関係が生じてしまう関係の
偶然性にも普遍性が宿っていて、そんなふう
にして正当化することが困難な偶然の関係に
こそ普遍的な無価値の価値が生じているのか
もしれず、それを何とか道理や理屈を駆使し
て必然的な関係があるかのように取り繕う作
業が、人や集団の活動の全てなのかもしれな
いが、そうやって人工的に生じさせる相対的
な物事の価値が、人で構成される社会を支え
ているのだろうし、そうした価値が人々の間
で信じられている限りで経済的な取引も成り
立っていて、そこには物事の価値を根拠とし
た信用も生じているわけだが、もちろんそう
した信用も相対的なものに他ならず、何かの
きっかけで信用がなくなれば価値も暴落して
しまうわけで、多くの人たちがそれを支持し
ている限りでそれらの物事に価値や信用が生
じてくるだけで、支持を得られなくなれば雲
散霧消してしまうようなものでしかなければ、
それらの価値にも信用にも普遍性があるとは
言えなくなってしまうのであり、そんな成り
行きや経緯を突き詰めて考えれば、社会の中
で人がもたらす人工的な物事に価値や信用が
生じるのは、それらの物事に人々が肯定的な
幻想を抱くから、それらに価値や信用が生じ
ているように思われるわけで、実際にそうし
た幻想によって人々の活動が成り立っている
実態もあって、現にそれらに無関心な人々の
間では活動が成り立たず、また活動が成り立
たないところでは関係も構築されずに無関係
な状態が維持されているわけだ。だから活動
を成り立たせるには幻想をふりまいて人々の
間に関心を引き起こして、関係を構築しよう
とするわけだが、そうやって生じるのが利害
関係であり、そこに利害が生じているように
思われる限りで、実際に関係が生じてくるわ
けで、そんな幻想を通じて直接の関係が構築
されるわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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