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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.4.25 「社会全体の利益」

2018/04/25

 誰もがはっきりとそう思っているとは限ら
ないかもしれないが、人は社会の中で自分を
活かしたいと思っている反面、自分にとって
利益となるようなことをやりたいとも思って
いるだろうし、活かしながら利益を得られた
らなおいいのだろうが、自分を活かすことと
利益を求めることが相反するような事態が生
じるかというと、すぐには事例が思い浮かば
ないかもしれないが、何かその辺で微妙な違
いがあって、自分を活かすには利益が邪魔と
なるようなこともあるのかもしれず、例えば
集団で既得権益を守ろうとする場合などは、
集団の利益を確保するために、その集団内に
いる人が犠牲となるような成り行きが生じて
いるとすれば、自分を殺して集団のために尽
くすという美学が成り立つのかもしれず、そ
れが果たして自分を活かしていることになる
か否かは、その人がやっていることに対する
評価にもつながってくるだろうが、社会の中
で自分を活かすことと集団の中で自分を活か
すことが一致すればいいのだろうが、そうな
ると社会という概念の定義にも関わってくる
問題となるのかもしれず、そういった面を考
慮すると一概には判断がつきかねるところか
もしれないが、社会の中で自分を活かすとい
うことが、社会全体にとっての利益につなが
れば、何か理想的な自分の活かし方のように
思われるだろうが、社会全体の利益というの
が具体的に何を意味するかがよくわからない
ところでもあるわけで、それに比べて特定の
集団にとっての利益となると、すぐに利権と
か権益とかが思い浮かんでしまい、社会全体
にとってそれらは否定的な意味合いを生じて
くるだろうし、そうした集団としての利益を
得るために集団内の人たちが活かされている
状況が、社会の中で自分を活かしたいと思っ
ていることと背理してくる可能性があるので
はないか。それに関して社会全体の利益とい
う漠然としていて抽象的なものを求める姿勢
自体が実感を伴わないことであり、それに比
べて集団の利権や権益の方は具体的で実感を
伴っているだろうし、普通に集団の構成員と
して活動していれば自然とそちらの方を優先
してしまうわけで、集団の論理としてもそれ
が正しいと思われてしまうだろうし、そうし
た利権や権益を守ろうとする姿勢を批判する
側の方が偽善や欺瞞だと思われてしまうかも
しれないし、そういうところではっきりとし
た判断を示せないことが、社会全体の利益を
考える上で障害となってくるのかもしれず、
それに対する妥協策としては、正しいことを
やろうとは思わない方がいいのかもしれない
し、何事も利益を求める方へと一辺倒に進ま
ないことが肝心で、何かそこで調整すべき要
因を探さなければならず、それは論理的な正
しさを求めることとも少し違っていて、調整
を行うことが論理的には間違っているかもし
れないし、もちろん調整が成功するとは限ら
ないわけで、そこで激しい対立があると調整
が難航して、場合によっては交渉が決裂する
こともあるわけだが、それでも利害調整を行
う以外にはあり得ないところが不条理感を抱
かされるかもしれないが、だからと言って主
張や行為の正しさばかりを追求していてはど
うにもならないわけだ。

 そんなことを考えてゆくと、結局は自身や
自身が属する集団の利益を得ようとするとき
に、他の人たちや他の集団の利益も念頭に置
いて、そこで何らかの利害調整を行うような
成り行きに持っていかないと、結果的にうま
く利益が得られたところで禍根が残ってしま
うのかもしれず、もちろんどうやっても禍根
が残ってしまうような場合もあるだろうが、
そういう成り行きから争いが起こっても、双
方が痛み分けのような状況をもたらすことが
妥当な決着のつけ方なのかもしれず、それで
は正確には決着がついていないわけで、それ
自体が将来への禍根となる可能性もなきにし
もあらずかもしれないが、そういう意味で社
会全体の利益というのはよくわからないとこ
ろがあって、あまりにもはっきりとそうした
ものを強調してしまうと、他からの支持を得
られなくなって、信用されなくなってしまう
のかもしれないが、それだけ微妙な意味合い
や傾向があるのかもしれず、簡単に言えば社
会全体の利益など幻想に過ぎないと思ってし
まった方が気楽になれるかもしれないが、だ
からと言って自分の利益や集団の利益を求め
ることが正しいとは限らないわけで、別に正
しいとは思わなくても自然にそうなってしま
うのであり、自然にそうなってしまうところ
を理性の力で押しとどめようとするのも、何
か不自然でぎこちない動作となってしまうだ
ろうし、そういうところでも妥協的なやり方
としてバランスを重視するような傾向となっ
てしまうだろうが、そうすることが正しいわ
けではないが妥当なやり方となるのかもしれ
ないし、その辺でともすれば煮え切らない態
度に終始しているように思われてしまうのか
もしれないが、すでに行き詰っているような
状況から先へと事を進めなければならないと
すれば、何事も一筋縄ではいかないのは当然
だろうし、うまくいかないなりにも何かやっ
ているように装わなければならないだろうし、
そうなっている時点で論理的にも倫理的にも
正しいやり方からはかけ離れていることが予
想され、それ以上はどうにもならなくなって
いる事態を何とかしようと悪戦苦闘する羽目
に陥ってしまうわけだから、いくら原則論を
持ち出して正しい主張を戦わせてみても、説
得力も信用も得られないような状況となって
しまうわけだ。そうなると交渉自体が何の意
義があるとも思えないだろうし、やるだけ無
駄な気がしてしまうのかもしれないが、たぶ
んそうした状態から本格的な交渉が始まるの
だろうし、そんな状態では社会全体の利益な
ど全く念頭から除外されているのかもしれな
いが、そういうものは意図して得られるもの
ではなく、結果的にもたらされるものなのか
もしれないし、集団と集団との間の利害調整
においては、単に双方の利害が問題となるだ
けで、そこから社会全体の利益が導き出され
るような成り行きにはならないわけだが、そ
れとは別次元のレベルで双方が痛み分けとな
って、そこに何らかの均衡状態がもたらされ
ることが、社会全体にとっては利益となるの
かもしれず、要するにそこで争いが一段落し
て平和な状態が実現することが、社会全体の
利益となるとすれば、少なくともそれは争っ
ている集団の衰退を招くような成り行きなの
ではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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