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彼の声

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彼の声 2018.4.22 「意識が把握している世界」

2018/04/22

 人が関わって起こる出来事には、そこに関
わっている人たちの意図や思惑が介在してい
ることは確かだろうが、その意図や思惑が活
動と結びついている限りで、主体的に何かを
やっているように感じられるのかもしれない
が、それとは違ってただ漠然とその場の状況
に合わせているようだと、主体的に活動して
いるとは思われないのはもちろんのこと、た
だその場の状況に依存しているだけの従属的
な活動となってしまい、それではその場の状
況にその人の意思が反映していないことにも
なるだろうし、その場の出来事に関わってい
るにしても、積極的に関わるというよりはど
ちからといえば受動的かつ消極的に関わって
いることになり、少なくともその場で主役と
しての役割を担っているわけではなく、例え
ば他に主体的に関わっている人がいて、その
人から指図を受けながら動いているような脇
役的な役回りでの関わり方もあるのだろうが、
中にはそんな役割分担さえはっきりしないよ
うな関わり方もあるだろうし、自分の意思と
は無関係にその場の出来事に巻き込まれてい
るような場合は、積極的にも消極的にもそこ
で何をやれるわけでもなく、ただそこで生じ
ている成り行きに翻弄されているだけになっ
てしまうと、それが運命だと思ってあきらめ
の境地に至ってしまう場合もあるだろうし、
それでも否応なく巻き込まれているのだから、
直面している状況に対応するしかないだろう
し、何とかその場を切り抜けるために努力す
るしかないような境遇だと、自らの力ではど
うにもならないような出来事に巻き込まれて
いることになるのかもしれず、人がその場で
起こっている出来事の威力に圧倒されている
ような場合だと、どんなに傲岸不遜な人でも
そうした出来事の前では謙虚にならざるを得
ず、そこに圧倒的な力の差が生じていること
を認識できる人は、自然と傲慢な態度ではい
られなくなってしまうわけだが、そうした感
覚が欠落している人だと、思い上がって自分
の力で状況を変えられるような妄想を抱いて
しまうのかもしれず、そんな怖いもの知らず
であるだけで、かえって大胆なことがやれる
のかもしれないが、仮にやったからといって
何がどうなるわけでもないのもよくある顛末
だろうが、たぶんその場の状況に応じて何か
やるというのは、結果を気にしないでいられ
る限りで大胆なことがやれるわけで、ある程
度は身の程知らずな態度で臨まないと大した
ことはできないだろうし、その大したことと
いうのも自己満足を求めようとしているので
はなく、何か思いがけないような結果になる
ことを狙っているわけではないとしても、現
状で予想される以上の何かをもたらそうとし
ているのかもしれず、その辺で保守的な考え
方から逸脱するような意志を必要としている
のではないか。

 人の意図や思惑を介在させてもどうにもな
らないような現状があるとすれば、それは人
が自らの意思とは無関係に巻き込まれている
状況があるということだろうし、そうした状
況を把握しきれないからそこに意図や思惑を
介在させることができないのであり、そうな
るとそこにもたらされている状況は人の認識
を超えていることにもなるだろうし、実際に
人の意識がこの世界の全ての物事や事象を把
握できないのは当然で、常に把握しているこ
とよりもはるかに多くの物事や事象によって
世界が充たされている状況があるのだから、
そういう部分に関しては意識の埒外にあり、
思考力がそこまで届かないわけで、思考力が
届かなければやりようがないのかもしれない
が、人自身も意識が把握していることよりも
はるかに多くのことをやっている可能性まで
あり、意図せずに何かをやっていて、そのや
っていることについては意識が制御できてい
ないのかもしれず、それについてよく言われ
るのは本能の赴くままに行動している場合が
あるわけで、そんな欲動に活動を支配されて
いると、そういう部分に関しては制御が利か
ず自制心が働かないから、衝動的に行動して
しまうわけだろうが、たとえそんな感情まか
せの行為があるとしても、さらにそれとは違
う活動もあるのかもしれないし、なぜかその
場の思考や推理から導き出された理屈には従
わないで、安易に成り行きまかせの行動に出
た結果、取り返しのつかない失態を演じてし
まったとしても、結果的にはそれで構わない
ような状況がもたらされて、そこでの失敗に
よって、かえって他のことがうまくいくよう
な成り行きになってしまったとしたら、どう
にも判断がつきかねるような状況となってし
まうのかもしれず、要するにどのように行動
したとしても全てがうまくいくわけではなく、
うまくいく成り行きとうまくいかない成り行
きとが複合的に絡み合って、その場の状況が
もたらされていることがあって、うまくいっ
ている部分ではそれで構わないのだろうが、
うまくいっていない部分では不都合な結果が
もたらされているわけで、しかも全てがうま
くいくようには制御できないわけだから、あ
る程度の犠牲はやむを得ない状況がもたらさ
れているわけで、そういう部分を部外者が批
判するのは簡単かもしれないが、いくら批判
したからと言ってうまくいくはずもなく、ど
うやってもうまくいかない部分に関しては批
判を甘んじて受けながらも、それ以上はどう
にもやりようがない部分となるだろうし、そ
れでも活動が成り立っていれば、とりあえず
そんな活動を継続していくしかないわけで、
世の中で人や集団が行なっている活動も、必
ずしもその全てがうまくいっているわけでは
ない活動を行なっているわけで、そういう部
分については絶えず批判を浴びながらも、そ
うした批判に対処しながらも活動の継続を図
ろうとしていて、それが現状で示されている
問題を構成しているのだろうが、そういう部
分では問題の解決を目指しながらも、別の部
分では問題が解決しなくても構わない状況が
生じているわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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