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彼の声

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彼の声 2018.4.10 「勘違いの原因」

2018/04/10

 現状で何が正しくて何が間違っているかを
決めるのは、人が行なっていることの妥当性
に関して、それに対して違和感を覚えるよう
なことをやっていると、何か間違っているよ
うに思われるだろうし、論理的に間違ってい
ると証明できるならはっきりするのかもしれ
ないが、また人の道を踏み外すようなことを
やっているとみなせるような場合にも、そう
思う人にとってそれは間違ったことになるだ
ろうし、結局人のやっていることに対して他
の人が判断することになるかもしれないが、
自分で自分のやっていることを判断する場合
もあるだろうし、その辺はその場その時の状
況次第といってしまえばその通りでしかない
のかもしれないが、やっていることを正しい
と判断したり間違っていると判断しても、そ
れが正しい判断だと確信が持てない場合もあ
りそうで、別に確信を持てなくてもそう判断
すれば、その判断から正しいことをやってい
ると思えばそのままでいようとするだろうし、
間違っていると思えばやっていることを改め
ようとするだろうし、判断とはその程度のこ
とでしかないわけだが、それはやっているこ
との程度にもよるだろうし、自分にとっても
周囲にとっても何か重要なことをやっている
と思われる場合には、その判断がその後の成
り行きに深刻な影響を及ぼす場合もあるだろ
うが、その重要と思われる行為が本当に重要
なのかどうかは、それも自分や周囲が判断す
ることでしかないだろうし、深刻な状況だと
判断したところで、結果的にそれが間違った
判断だとわかれば、そんなのは杞憂でしかな
ったということになってしまい、単なる取り
越し苦労で済んでしまえば、どうでも良かっ
たことになって一安心してしまうのだろうが、
現実の成り行きがそんな判断とは無関係に進
行してしまうこともあるわけで、人がその場
で何を思っても何を考えても、それに関して
どう判断しても、それとは無関係に物事が動
いて、その人を置き去りにしてしまうような
成り行きになってしまえば、そうなった時に
はその人はその場で起こっている状況から外
れていることになるだろうし、結果的に自身
とは無関係なことについて勝手に思考してい
たことになってしまうと、それが勘違いでし
かなかったことになるのかもしれないが、世
の中で起こっている様々な状況や情勢につい
て思考することは、それとどう違うのだろう
か。

 自身もその世の中の一部を構成しているの
だから、全くの無関係だとは思えないにして
も、直接の関わりがなければ、それほど深い
関係があるとは思えないだろうし、興味がな
ければ別に無視していても構わないと思って
しまうのかもしれず、それ以前に気づかない
関係というのもあるのかもしれないし、そも
そも自身に関係する全ての物事について思考
することはできないだろうし、たとえ自身に
深刻な影響を及ぼしているような物事であっ
ても、それに気づかなければどうしようもな
く、実際にそんな気づかない物事に囲まれな
がら、深刻な影響を及ぼされながら暮らして
いるのかもしれないが、そうであるならかえ
って気づかない方が、余計な不安を掻き立て
られないで好都合なのかもしれないし、気づ
いたところでどうしようもなければ、その方
がいいこともあるだろうし、そんな状況の中
で暮らしているうちに、たとえその深刻な影
響によって悲惨な目に遭っても、それに気づ
けなかったのだからどうしようもないわけで、
そうやって悲惨な境遇に陥ってしまう人など
世の中にいくらでもいるだろうし、そういう
人は運が悪かったとしか言いようがないわけ
で、大抵はそれで済んでしまうようなことな
のではないか。だからそれで済まされないた
めにも、できるだけ感性を研ぎ澄まして、自
身に降りかかってくる災難に早めに気づいて
対処できるように心がけたいものだが、それ
はなろうとしてなれるものでもないのかもし
れず、そうなるための方法を指南するような
人も世の中にはいくらでもいるのかもしれな
いが、またそういう人たちの言いつけを守っ
ていればうまくいくときもあるだろうが、そ
うやってうまく危機的な状況を切り抜けて、
それで喜んでいればいいのかもしれないが、
それも一つの成り行きであることには違いな
く、それとは違う成り行きもあったかもしれ
ないが、たまたまその時はそうなっただけで、
それ以上に特に何があるわけでもないのかも
しれない。

 そうであるなら後からどう思ってみても仕
方のないことかもしれないが、それでも済ん
だことは振り返って反省するなりして、今後
の活動に生かそうとすればいいことでしかな
いが、本気でそう思うような出来事に遭遇す
るのは稀なことかもしれないし、現状で何事
もなく平穏無事に過ごせていれば、気づかず
にやり過ごしてしまうことも多いだろうし、
普段がそうであれば危機的な状況になるのを
未然に感知できるはずもなく、そうだと思え
ば何もことさらに感性を研ぎ澄ます必要も感
じないし、自身がその程度で構わないと思え
ば諦めてしまうだろうし、それが別に悪いこ
とでもないのかもしれないが、またそれも自
身の判断でしかなく、人はそうやって周りか
ら及ぼされる様々な影響と折り合いをつけな
がら生きているわけで、結果的に折り合いが
ついているか否かは、その人の気持ちの持ち
ようだとも言えるだろうし、気持ちの持ちよ
う程度のことであるならば、大して深刻なこ
とでもないのかもしれないが、たぶん折り合
いをつけられずにやり過ぎてしまうと、心身
のどこかに支障をきたすようにもなるのだろ
うし、そんな結果がもたらされるようだと、
周囲からの影響も深刻なレベルであったこと
がわかるのかもしれないが、そうなった時点
でまだ持ちこたえているような状況なら、そ
こから何らかの対処をして状況の改善を図ろ
うとすればいいことであり、そうなった時の
対処法を指南するような人も世の中にはいく
らでもいるのかもしれないが、やはりまたそ
ういう人たちの言いつけを守っていればうま
くいくときもあるだろうし、そうやってうま
く危機的な状況を切り抜けて一安心したいと
思うのかもしれないが、そんなことをやって
いるだけでうまくいくならそれに越したこと
はなく、その程度のことならそれほど深刻な
事態でもないのかもしれないが、世の中には
他人の諫言を受け入れてもうまくいかないこ
ともあるだろうし、また他人に諫言したい人
もごまんといるだろうし、そのごまんといる
人の諫言がそれほど効くとは思えない場合も
あるだろうし、たぶんこうして言葉にしてし
まうと、その状況をいかようにも解釈できる
し、程度の設定も恣意的にできるわけだから、
こんなふうに述べている時点でフィクション
にしかならないわけだが、実際に現実の世界
で起こっている出来事というのも、それを意
識して思考している限りでフィクションの要
素が含まれてしまうのかもしれず、それによ
って絶えず勘違いを引き起こす可能性がある
わけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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