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彼の声 2018.3.24 「表層的な変化」

2018/03/24

 一つの国を統治していることになっている
政府は、統治に必要な法律や制度などを整備
して、そこに住んでいる住民やそこで活動し
ている各種の団体が法律や制度に従うように
仕向けているわけだが、実際に従っている範
囲内で統治が成り立っていて、それに逆らっ
ている面では統治に支障をきたしていること
にもなるのかもしれないが、法律や制度はそ
れらの人や団体が統治に逆らうことも想定し
て作られているだろうし、法律に違反する人
や団体は実際に取り締まりの対象となるわけ
だが、どのような違反行為に対してはどうや
って取り締まってどのように処罰するのかも
法律や制度の中で定められているわけで、そ
れが合法的な活動だろうと違法な活動だろう
と、制度的な枠組みに入るような活動なら自
動的に制度に組み込まれて統治の対象となっ
て、場合によっては行政から何らかの指図を
受けながら活動することにもなり、そんなふ
うに民間の活動に対して指図するような行為
も統治に含まれるわけで、そうやって行政が
民間の活動に口挟む頻度が多いほど、行政に
よる管理統治が社会の隅々にまで行き渡って
いることにもなるだろうが、民間の活動の何
から何までいちいち行政に伺いを立てないと
事が進まないようだと効率が悪くなるだろう
し、それだけ行政活動のコストも大きくなっ
てきて、民間の税負担もそれだけ増えるかも
しれないが、情報処理技術や監視技術などの
発達に伴って低コストで監視型管理社会のよ
うな形態を実現させようとする試みも出てき
ているのかもしれないし、現状ではまだそれ
が不完全で夢や妄想の段階に留まっている面
もあるのかもしれないが、根本的なところで
民間が経済活動によって成り立っているのに
対して、行政の方は徴税活動から成り立って
いて、結果的に行政の徴税活動が民間の経済
活動に依存している限りは、民間の経済活動
にとってはそれが税負担を伴ったコストの増
加しかもたらさないだけに、それなりに徴税
活動にも限界があるだろうし、それが現状で
は民間の全ての活動を管理統治するまでには
至っていない要因でもあるだろうし、もちろ
ん全ての活動を管理統治する必要もないのか
もしれないが、結果的に全面的な監視型管理
社会を物理的に実現できずに、そんなことを
やる必要も必然もない現状をもたらしている
ことが、少なくとも行政活動が目指している
方向にはそういう傾向があることは確かかも
しれないが、それが他の様々な活動とのバラ
ンスや調整や妥協などを強いられている現実
ももたらしていて、これから先も実現するこ
とはないのかもしれないが、そうであるなら
行政活動だけで社会の全てを管理統治するこ
とはできないわけだから、その行政活動を制
御しようとする政治活動もそれに監視の目を
光らしているはずのジャーナリズムなどの報
道活動も、行政活動とは異なる面や傾向から
全てを制御することはできないのだろうが、
それらの活動がそれぞれに方向や傾向が異な
るだけに、それら全てを統合して利権複合体
を形成しようとしても、それなりに利害が合
わない面も対立する面も生じてくるだろうし、
仮にある面では連携できる時期や機会がある
としても、別の面では連携できない面もある
わけで、連携が恒常的にいつまでも続くとは
限らないのが実態なのではないか。

 そしてそれらの活動の間で齟齬や軋轢が生
じると社会情勢が流動的な傾向になるのだろ
うし、それが良いか悪いかはわからないが、
少なくとも変化の兆しを見せ始めるかもしれ
ないし、報道的な関心事としてはそれが政治
情勢や経済情勢の変化になるわけだろうが、
根本的には経済構造が変わらない限りは表層
的な変化にしかならないだろうし、その表層
的な変化にしても一時的な流動性は各勢力間
の力の均衡が実現するとともに終息するのだ
ろうが、その間に何が実現したかはそこで試
みられた各勢力の活動の成果となって現れる
のかもしれないし、その成果をどう捉えるか
あるいはどう評価するかはそれぞれの勢力に
よっても見解が分かれるだろうし、その間で
なされた報道に影響を受けるような一般の人
人の間でも、それなりに見解の相違があるの
かもしれないが、少なくとも現状に関して何
をどう考えどう思っているかというよりは、
政治や行政や報道に関わる様々な勢力がその
間にやってきたことをできるだけ正確に把握
するように努めた方が、より妥当な現状認識
を得ることができるだろうし、様々な勢力が
活動した結果として現状がもたらされている
わけだから、やってきた結果がどうなったの
かを見極めるべきで、それについてどう考え
どう思うか以前にその方がより客観性を伴う
かもしれないが、そのどうなったかという結
果について何らかの見解を示す段になると、
自分たちがやってきたことや自分たちが支持
している勢力がやってきたことや自分たちが
敵対している勢力がやってきたことについて、
恣意的な自己正当化を伴うような意見を主張
せざるを得なくなるわけで、それに関して一
般の人たちはその恣意的な自己正当化を伴う
ような意見に注目する必要があるのかもしれ
ず、そこに自己正当化とは異なる現実がもた
らされていると感じられたら、それがそのよ
うな意見を主張する人たちの見込み違いであ
り、その見込み違いを認められないから必死
になって自己正当化という自己弁護を講じて
いるのだろうし、そこから果たしてそういう
言いわけを述べている人たちを支持できるの
かということについて、自問してみる必要が
あるのではないか。もちろんそれらの人たち
の支持者たちは当然支持するのだろうし、は
じめから支持しない人たちは当然支持しない
のだろうが、どちらでも構わない人たちは別
にそれらの人たちが見込み違いを犯したから
といって、どちらでも構わない立場を堅持で
きるだろうか。少なくともそれが政治的な選
択を伴うような成り行きであるなら、支持し
ない立場を選択した方が無難だろうし、そう
でないと公的な政治制度に参加しないことに
もなるわけで、実際に参加しなくても構わな
いからどちらでも構わないのだろうが、そう
した態度によって見込み違いを犯した人たち
の延命に手を貸すことになれば、それらの人
たちは今後も見込み違いを犯し続けることに
なるかもしれないし、あるいは反省して今ま
での態度を改めるのではないかと期待したい
ところだが、見込み違いを犯している自らを
正当化しているわけだから、そういう期待は
裏切られる公算の方が高いだろうし、そうし
た面を考慮すればやはりそうした人たちを支
持するわけにはいかないし、それを実際に政
治的な選択の機会を利用してはっきりと示す
べきかもしれないが、別にそれができないか
らといって、それらが表層的な変化でしかな
ければ大したことにはならないのかもしれな
い。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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