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彼の声 2018.3.21 「縁故主義と公私の区別」

2018/03/21

 政治と行政との絡みで不正を行わざるを得
ない事情とは、そこに経済的な便宜を図るよ
うな事情が生じてくるからだろうが、具体的
には行政の予算を使って民間の業者を儲けさ
せるような行為が行われることが多いのかも
しれないが、行政が徴税によって強制的に民
間から金銭を収奪するのに対して、民間の経
済活動では物や情報やサービスを売らないと
金銭的な利益を得られないわけで、金銭を得
るための方法が行政と民間とでは異なってい
て、行政の徴税によって金銭を獲得する手法
と民間の売買によって金銭を獲得する手法の
間で差異が生じていることは確かだろうし、
その差異を埋めるのが行政と民間の業者との
間で行われる不正な金銭の取引であり、それ
を仲介するのが政治の役目となるわけだが、
そのような取引においてはたとえ民間の業者
が政治家や官僚などに賄賂を贈ったところで、
行政からの何らかの便宜によってもたらされ
る金額の方が大きいから、民間の業者の方が
儲かる仕組みになるのだろうし、民間で物や
情報やサービスを売買するよりは行政から便
宜を図ってもらった方が儲かるなら、政治家
や官僚などに贈る賄賂は必要経費みたいなも
のだろうし、さらに賄賂などを贈らなくても
便宜を図ってもらえるならなおのこと儲かる
わけだろうが、政治家や官僚の方でも贈収賄
にならないようにあからさまに賄賂などを要
求しない場合も出てくるだろうし、その代わ
りに特定の民間の業者を優遇して自分たちの
やりたいことをやろうとするような成り行き
にもなってくるわけで、そのやりたいことと
特定の民間業者を優遇させることが合致する
ようなら、なおのこと賄賂など必要ないのか
もしれないし、それが忖度という言葉で表現
される行為となるかもしれないが、そういう
やり方が公平性を欠いているのは言うまでも
ないことだろうが、それを政治や行政の側で
は不正とは言わせないようにしたいわけだろ
うし、実際に民間業者が賄賂を贈っていなけ
れば贈収賄では立件できないわけで、しかも
民間では懇意の業者に仕事を請け負わせるこ
となど日常茶飯事なわけだから、そういうと
ころで公共の利益と私的な利益との区別がつ
かない事態となってくるわけだが、普段から
地縁血縁的な環境で生きてきた人はそういう
縁故主義の何がいけないのかよくわかってい
ない場合もあるわけで、実際に普通の一般人
でも公共の利益と私的な利益との区別をはっ
きりつけながら生きているわけではないだろ
うし、自分が私的な人間である前に公的な人
間だと言われても、その違いも差異もわかり
にくいだろうし、そんなのは混同されている
のが普通の状況であるわけで、実際にどのよ
うな状況においても公的な人間であろうとし
ているわけではなく、誰からそんなことを教
わるわけでもないし、わざわざ取り立てて公
私の区別などつけなくても生きていられる状
況かもしれないし、そういう世の中だと言っ
てしまえば身もふたもないわけだが、それに
関して簡単に言えばそこに公的な制度がある
から、その制度を利用するには公的な人間と
して利用しなければならず、またその制度を
管理運営する側も公的な人間として管理運営
に携わらないと、それが公的な制度ではなく
なってしまうわけだが、やっているうちに私
情が生まれてしまうのもよくあることなので
はないか。

 しかしその公私の区別をどこでつけるかと
いうことに関しては微妙な問題が生じてくる
のかもしれず、例えばそれが国家主義になっ
てしまうと自国民や自国の利益や権益だけを
優先させる傾向になってきて、たぶんそれで
は私的な利益を優先させることになってしま
うのかもしれず、そういうレベルで公的な利
益を優先させるとなると、世界全体の利益を
考えなくてはならなくなるわけで、そうなる
と私的な利益を優先させることに関しては自
分の会社の利益を優先させることも自国の利
益を優先させることもそれほど差異がなくな
ってくるのだが、国内で行政のレベルで考え
るなら、公的な制度を利用するには公人とし
て振る舞うべきだろうし、それは公的な制度
を管理運営する側でも同じことになるわけだ
が、世界全体のレベルで考えるなら国益より
は世界全体の利益を優先させることが公人と
しての倫理的なあり方になるだろうし、自国
第一主義を唱えて自国の利益だけを優先する
ようなやり方は、それが大統領であろうと首
相であろうと公人としてはあまり好ましくな
い主張となってしまうわけだが、そうであっ
ても国内で自国民の支持を得てその地位に就
いたわけだから、国民的なレベルでは自国第
一主義を唱えることは別におかしいことでは
ないだろうし、実際に国民の大多数もそうい
った主張を支持していればそれで構わないわ
けで、それが私的な利益の優先だと非難され
る筋合いはないかもしれないが、たぶんそう
したレベルでは国益と公共の利益が一致しな
い事態となるのではないか。もっとも物は言
いようで世界全体の利益を優先させることが
国益につながると主張することもできるわけ
で、国家間の無用な争いを避けるには国益よ
りは世界全体の利益を優先させるべきで、そ
うしていれば回り回って最終的には国益につ
ながればいいわけだが、果たし本当にそうな
るかいうと、目先の利益にこだわっているう
ちは近視眼的な対応しかとれないだろうし、
それも現状での情勢次第な面もあるから、世
界全体の利益などとはあまり大げさに主張で
きない事情も生じてくるだろうし、あからさ
まにそう主張するのではなく、方便として国
益を優先させるように振舞いつつも、国家間
の交渉を通じて妥協や調整を重ねながら、結
果的に世界全体の利益になるような方向へと
成り行きを持っていくしかないだろうし、そ
ういうところで公共の利益を積極的に主張す
るような成り行きにはならないのかもしれず、
そこで公的な存在というのをはっきりとは提
示できない曖昧さが生じてくるのかもしれず、
何が公的で何が私的であるかを巡って、その
区別がはっきりしない領域というのが出てく
るのかもしれないし、例えば私的な企業であ
っても企業の利益よりは世の中の利益を優先
させるような公的な面が生じてくることもあ
るだろうし、家族内でも場合によってはそう
なるかもしれないし、そうだとすると公的な
存在にならなければならないのは公的な制度
を利用する時だけでもないことにもなるわけ
で、そうなると自らが公的な存在であること
を積極的には主張できなくなる場合も出てく
るかもしれないし、しかも主張できないとし
ても公的な存在にならざるを得ないとすれば、
どう考えてもそれは損な役回りになってしま
うわけで、そういうところが公的な存在の推
奨しかねるところであり、そんな面倒な考え
は捨てて単に利己的に行動できればそれに越
したことはないわけだが、誰が見ても利己的
な行動や行為は周囲から嫌がられることは確
かなのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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