文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2018.3.18 「統治のあり方」

2018/03/18

 政府が国を統治している状態が一般的な国
家形態であり、それ以外の統治がないわけで
はないが、別にそれ以外の統治を誰が望んで
いるわけでもないだろうし、国の統治形態と
しては政府による統治が当たり前の状態とな
っているわけだが、他の統治形態としては別
に国土を持っているわけではないが、企業に
よる関連企業の統治とか従業員に対する統治
とか、宗教教団による信徒への統治とか、労
働組合や農業組合や生活協同組合などによる
組合員への統治とか、様々な集団で特有の統
治形態があるわけだが、大抵はそれらを統治
する専門の組織として統治機構があり、実際
に統治することによってそれらの機構に権力
が生じるわけだ。また統治することが政治で
もあるわけで、統治と政治は似たような意味
なのかもしれないが、政治には統治される側
である民衆に権力を行使する機会が与えられ
ていて、それが選挙であるわけだが、組合な
ども組合員による選挙で代表者を決めるし、
教団などにも似たような制度を採っている場
合もあり、また企業などでも株主総会や取締
役会などで役員や代表を選ぶ制度があるだろ
うし、統治には必ず統治される側の支持を取
り付けるために統治する側の代表者を選ぶよ
うな制度があるわけだが、そこで問題なのは
制度として代表者は選べるかもしれないが統
治機構を選ぶことはできないのかもしれず、
統治機構自体に不満があれば場合によっては
その集団から脱退しなければならなくなるわ
けで、それが国家統治となると亡命や移住な
どのように自分の住み慣れた土地からの移動
を余儀なくされて、結果的に多大な労力を要
することになるから簡単には国家から脱退す
るわけにはいかない事情が生じるわけだ。し
かもそれは非合法的な行為を伴う場合も出て
くるわけで、そうなると命がけでやらなけれ
ばならない行為となるだろうし、どうなるに
しろ国家の庇護を離れるには相当のリスクを
背負い込むことになり、通常はそんなことは
やらずに済めばそれに越したことはないわけ
だ。だから統治機構を選ぶよりは機構を改革
するような成り行きになるわけで、それには
通常のやり方としては政治制度に従って選挙
で改革を目指す陣営から代表者を議会に送り
込んで、議会で過半数の議席を得て主導権を
握った上で政治的に改革を目指すわけだが、
そのような改革も統治の範囲内に含まれてい
て、選挙で議会の多数派を目指すような人た
ちは、他の国への亡命や移住などを考えてい
るような人たちではなく、ある程度は現状の
統治機構による統治形態を当然と考えている
人が多いだろうし、そういうところで亡命や
移住を目指す人たちとは意識が違うわけで、
少なくとも亡命や移住を目指すような人たち
の意見や主張が選挙結果に反映されるような
ことはないわけだ。またそうやって議会など
の政治制度を利用して機構の改革を目指す人
たちが世の中の多数派を占めている限りは、
そのような政治制度自体が統治機構による統
治の一部なのだから、統治の手の内で制度の
範囲内での改革となるわけで、それによって
機構の中の何らかの仕組みが改められるかも
しれないが、機構自体は存在し続けられるわ
けで、機構を取り壊して新たな組織を別に立
ち上げようというのではないし、あるいは政
権交代などで体制が変わっても機構は変わら
ないこともあり得るわけだ。

 統治機構が変わらなければ統治のやり方も
変わらないというのは循環論かもしれないが、
統治機構と統治のやり方が一体化していると
も言えるだろうし、あるいは制度に則って改
革を目指してもそれでは制度の範囲内にしか
ならないとも言えるのかもしれないし、では
革命を目指して体制も機構も一新しようとす
る試みも過去には無数にあったかもしれない
が、それは現代でも革命を目指している勢力
がいることも確かだろうが、結局はそれも国
を統治するやり方に落ち着くわけで、どうも
統治という行為自体が現にあるような統治機
構の下での統治というあり方を示していて、
そのような統治形態の下で暮らしている人に
はそれ以外の統治などあり得ないし、想像も
できないようなことなのかもしれないが、そ
の一方で統治されていることを意識しない人
や気にかけない人もいるだろうし、実際に立
場や生活状況によっては統治機構による統治
自体が意味のないことのように思われてしま
うかもしれず、それ以外のことに気をとられ
ていればそうなるのが当然なのかもしれない
が、統治機構の方でも住民が統治を意識しな
いで統治できれば、文句を言われないし反感
も抱かれないで統治を行えるわけだから、そ
れが理想的な統治だとも言えるかもしれず、
そうであるならなるべく住民に統治を意識さ
せないような統治を目指すべきなのかもしれ
ないが、そのような状況を作るにはどうすれ
ばいいかとなると、まずは住民が他のことに
気をとられるような状況を作り出すことだと
すれば、すでにそれに関してはメディアによ
って娯楽や広告宣伝の方に気をとられるよう
な状況が作られているわけで、別にそれが統
治機構によって直接仕組まれているようなこ
とではないのだろうが、たぶん経済活動を振
興することがメディア上での商品の広告宣伝
を誘発させて、その広告宣伝費を利用してメ
ディア上で見世物的な興行を主体とする娯楽
が振興されるような状況となっていて、しか
もその見世物的な興行をメディアが大々的に
取り上げて、それも宣伝活動に含まれるわけ
で、そうやってメディア的な宣伝の循環的な
活動の渦の中に民衆の意識を巻き込んでしま
えば、民衆の意識の中では宣伝と娯楽が占め
る割合が大きくなるだろうし、仕事や家族と
の生活や友人などとの交流以外では娯楽や商
品の広告宣伝などに気をとられているだけな
ら、他に意識するようなこともあまりなくな
ってしまうのかもしれないし、そうなると公
的な政治に関しては無関心となってしまう傾
向にもなるだろうし、それが統治を意識させ
ないような統治活動にとって有利に働くなら、
そのような統治もある意味では経済活動に依
存していると言えるのだろうが、少なくとも
現状の生活で満ち足りている人が世の中の大
半を占めている状況なら、何か特に統治機構
の側で住民に対して権力を行使するような成
り行きとはならないだろうし、その逆に現状
の生活に不満を抱く人が多くなるにつれて、
その不満を解消するために政治的にどうにか
してほしいと思うようになるわけで、そのよ
うな不満が統治機構に向けられると最悪の場
合は暴動などが発生して、それを鎮圧するた
めに治安維持のための暴力を行使するような
状況となれば、それが誰にとっても気をひく
ような権力の行使となるわけだが、そういう
ことを考慮すれば、住民の大半が娯楽や広告
宣伝に気をとられているような状況であれば、
結果的に統治を意識させない統治が実現して
いることになるのではないか。 

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。