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彼の声

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彼の声 2018.3.16 「行政の機能」

2018/03/17

 行政が法律に基づいて管理統治している対
象は世の中の様々な方面に及んでいるが、そ
の管理統治という概念は支配とは少し違うだ
ろうし、支配となると支配している側が好き
勝手にできる印象を抱いてしまうだろうが、
少なくともそれが法律に基づいている限りは、
法律が規定している範囲内に限られるだろう
し、法律から逸脱したことを行えば行政とい
えども処罰の対象となってしまうだろうし、
それに関して行政の活動も法律に縛られてい
るわけで、あえて支配という概念を使うなら
行政も法律に支配されていることになるだろ
うが、法律を守っていれば好き勝手なことが
できるわけでもなく、法律に基づいて制度が
規定されていて、制度として行政が行う活動
の内容が定められていて、その制度に規定さ
れた一定の活動を行なっているわけで、そう
いう意味で行政の活動には制度的な制約があ
るわけだが、制度として機能していること以
外の活動ができるわけでもないし、要するに
行政の活動には決まりきった動作があり、決
められていないこと以外はやらないのが行政
の活動の基本形態なのではないか。だからそ
れ以外の活動によって行政が政党やメディア
や企業などと癒着しているわけでもないし、
成り行き上それらの勢力との間で制度的な関
係の範囲内で癒着してしまうとしても、そう
なった場合においても法律と制度に基づいて
関係しているわけで、そこから逸脱している
部分で関係しているわけでもなく、そうだと
すると癒着することによって行政としてのあ
り方が歪んでしまうわけでもないし、仕事柄
そういった方面での不正や不祥事がつきもの
だとしても、実際にそういう不正や不祥事が
起こることを想定した法律や制度になってい
るわけだから、それが起こって明るみに出た
ら法律とそれが規定する制度に基づいて対処
すればいいことでしかないだろうし、実際に
そういう方向で何らかの措置や対策を講じて
行けばいいことでしかなく、それ以上のこと
が行政にできるわけでもないし、誰もそれ以
上の対策を求めているわけでもないだろうし、
それは政党などの政治勢力にも言えることか
もしれないし、法律と制度に基づいた活動は
そういう方向にしか働かないだろうし、それ
以上の効果や機能は期待できないわけだ。で
はそれで何ができるのかといえば、法律を作
ってその法律に基づいた制度を定めて、その
制度の範囲内で活動することになるわけだが、
行政が直接何かを生産するわけでも流通させ
るわけでも販売するわけでもないだろうし、
ただそうしたことを行うのを法律に基づいて
許可したり差し止めたり監視したり調査した
り管理したりするわけで、それ以上のことが
できるわけでもないのだから、それらの経済
活動と関係しつつも直接それを行わない立場
を守っている限りにおいて、行政活動から経
済的な富が生じることはないわけだが、その
一方でそれらの経済活動から税を徴収する面
では、富を収奪しているとも言えるわけで、
生産しないで収奪だけ繰り返していると、そ
の分だけ民間の経済活動が負担を強いられて
しまう状況となってしまうわけだ。そしてそ
うした課税の重荷を軽くするには国債などの
公債を発行して借金で財政を賄うことになる
わけだが、それにも限度があって限度を超え
て借金が増えると財政破綻することになるが、
そうなっても行政がなくなることはなく、そ
うなってくると行政機構そのものが不条理な
存在となってくるのではないか。

 結局通貨を発行する中央銀行と行政が一体
化しているから、国債などを中央銀行が買い
上げれば破綻を免れる仕組みなのかもしれな
いが、そうなると経済活動から生じる富その
ものに実態があるのかよくわからなくなって
くるだろうし、ただ通貨に信用が生じている
限りで金融資産が価値を持つとも言えるから、
そういうところでかろうじて均衡が成り立っ
ている状況が生み出されているのかもしれな
いし、そこをあまり厳密に定義したり理屈を
無矛盾で無色透明なものに洗練しようとする
とわけがわからなくなってくるのかもしれず、
正確にはその辺の金融的な仕組みをわかって
いる人は誰もいないのかもしれないが、とり
あえず物や情報やサービスなどの生産と流通
と販売と消費が成り立っている限りで経済が
回っていて、それらの過程から富を抽出する
ことは可能なのだし、実際にそうやって莫大
な富を蓄積する人や企業なども存在していて、
その富が通貨価値に換算できることも確かだ
が、富は経済活動に活用される限りで有効に
機能するわけで、蓄積されたものもそこから
信用が生まれて、その信用を担保にして金銭
を借りたり貸したりの経済活動に活用するこ
とができるということであり、どのような形
態であっても富は経済活動に活用されること
でしか実態を持たず、それ以外では単なる通
貨に換算された数値でしかなく、その数値に
価値があると思うなら、実際に活用されて初
めて価値を持つわけで、実際に経済活動に活
動されてみないことには富に価値があるかど
うかは分からず、政府が国債を発行して中央
銀行がそれを買い取っているだけでは、あた
かも無から有が生じているかのように思われ
てしまうのかもしれず、それが何かのきっか
けでハイパーインフレでも起きれば、無が無
でしかなかったことが明らかになってしまう
わけだが、実際に経済活動を行わずに税とし
て民間の経済活動から収奪するだけの行政機
構にしてみれば、あまりにも税負担を重くし
てしまうと民間の経済活動がうまくいかなく
なってしまう危険が常にあることは念頭に置
いておく必要はあるだろうし、そういう意味
でも世の中の様々な活動の中で行政活動が主
体となってはまずいわけで、経済活動に依存
している限りはどう考えても経済活動の方が
主体であるべきだろうし、そういうところで
行政活動によって何ができるかというと、そ
れほど多くのことができるわけでもないし、
また政治活動が行政を制御することにあると
しても、行政を制御することによって何がで
きるかといっても、やはりそれほど多くのこ
とができるわけでもないだろうし、そういう
意味で行政活動も政治活動も管轄している区
域の経済規模に応じてできることが制限され
てくることは確かだろうし、経済規模に見合
った活動しかできないのだから、少なくとも
何でもできるような幻想を抱いてしまうとま
ずいわけで、政治的には言葉ではいくらでも
主張することができるが、その主張を実現で
きるかというと、それは経済規模に応じた範
囲内でしか実現できないだろうし、それ以外
で法律や制度などの面で改善や改革などの案
は示せるのだろうが、それが財源を伴うよう
なことだと、やはり経済的な制約が出てくる
だろうし、そういうことを考慮しないで何で
もかんでもやろうとすると財政破綻を招く危
険性が出てくるのだろうが、たぶんそれを考
慮しているのだろうが、やはり行政機構自体
には人が制御できなくなる面があるのだろう
し、それが機構の肥大化なのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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