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彼の声 2018.3.15 「不平等な社会」

2018/03/15

 法の下での万人の平等という理想には、資
本の集積を利用した利益の追求という経済活
動の現実とは正反対の意味合いがあるかもし
れないが、誰もが自由に経済活動ができる世
の中であれば、何か平等に経済活動を行なっ
て成功するチャンスがあるようにも思われる
かもしれないが、成功するのと成功するチャ
ンスがあるのとは違うだろうし、また成功の
チャンスを生かすも殺すも運次第な面もある
だろうし、また成功するには努力が必要だと
も言えるわけで、さらに一生懸命努力しても
必ず成功するとは限らない現実もあるだろう
し、実質的な平等と法の下での平等と成功す
るチャンスが平等に与えられているのとでは
やはり意味合いが異なってくるだろうが、法
の下での平等が実質的な平等を表しているわ
けではなく、そこには運や実力や努力や才能
や地縁血縁や貧富の格差などの不平等な要因
が必ず介在してくるのであり、政府や行政機
構としてもそこまでの平等は保証できないが、
少なくとも法の下での平等だけは最低限保証
するということであり、それも権力関係や利
害関係などが絡んでくると保証できなくなる
場合も出てくるわけで、実質的にそれは理想
からは程遠い平等であるかもしれず、そんな
現状の中で政府も行政機構も万人が平等な社
会を実現しようとしているわけではないだろ
うし、経済的にも世間的にも成功するチャン
スは何らかの形で誰にでも与えられていると
しても、実際に成功する人は限られている社
会が実現していて、その中で生まれながらの
不平等はなくすような努力は払われているも
のの、それが法の下での平等に結びつくから
だが、それ以上の平等は政治的にも行政的に
も実現しようがないのではないか。だから実
際に実現している社会の中では様々な面で不
平等な実態があるわけで、政治的にも行政的
にもできる限り不平等な実態の中で不利益を
被っている人たちを助けるような政策が施さ
れるような成り行きが期待されているだろう
し、それが人道的な方面での期待なのだろう
が、実際に行われている政策の中でそういう
方面での期待に応える割合はそれほど高くは
ないだろうし、それよりは産業振興や経済の
活性化や安全保障などの面の方が重視されて
いて、どちらかといえば誰にでも成功するチ
ャンスがあるような社会の実現を目指してい
る面の方が大きいのかもしれず、それを象徴
する言葉が新自由主義と呼ばれて良くも悪く
もメディア上で話題となっているのかもしれ
ないが、そのような風潮に関して押さえてお
かなければならないのは、確かにチャンスは
あるかもしれないがそのチャンスを生かして
成功できるのはわずかな人たちであるという
ことだろうし、その誰にでもチャンスがある
というキャッチフレーズに惑わされて、何か
それが平等にチャンスが与えられていると思
うのはそれほど間違ってはいないだろうが、
肝心なのは成功を手にすることができるのは
わずかな人たちだということであり、そうな
ると結果的に実現するのはわずかな成功者と
その他大勢の成功できなかった人たちが出現
する不平等な社会となるわけで、別に万人が
平等な社会が実現するわけではなく、普通に
考えれば格差社会が実現するわけだろうが、
たぶんそれでも誰もがわずかな成功者になり
たいわけで、それに関してそんなに反感を抱
くわけでもないだろうし、そういう世の中の
意識が現状をもたらしている面もあるのでは
ないか。

 もちろんそのような社会を政治や行政がも
たらしているというよりは、資本主義的な経
済活動によってもたらされていると考えた方
が妥当だろうし、政治や行政の方でも資本主
義的な経済活動に依存しているのだから、そ
のような風潮に逆らうわけにはいかないのが
実情だろうし、政府や行政に対する批判とし
て不平等な格差社会をもたらしているという
のは、部分的に間違っているわけではないだ
ろうが、現実的な方策として新自由主義を唱
えることに関して、さすがにあからさまにそ
のような主義を礼賛するのは得策ではないだ
ろうし、実際にもそうではないだろうし、建
前として社会的な弱者救済のような政治宣伝
をメディアを通して行なっているだろうし、
それは建前というごまかしでしかないのかも
しれないが、では新自由主義の反対の概念と
みなされる保護主義になればいいのかという
と、それも違うのは当然であるから、新自由
主義とか保護主義とか言うレッテル貼りでは
なく、そのような主義には囚われない柔軟な
対応が求めているのだろうが、それが具体的
に何をどうすればいいのかとなると、その場
の状況に合わせて臨機応変な対応をするしか
なく、それに関して制度的に調整できるのは
関税障壁になるだろうし、さらに非関税障壁
とみなされるような各種の国ごとに異なる厄
介な事情も抱え込んでいるわけで、それを国
家間で交渉して調整するのが政治や行政に求
められていることだろうし、そのような交渉
過程や結果から、ある面では新自由主義を推
進しているように見られたり、また別の面で
は保護主義的な政策をとっているように見ら
れたりするわけで、そのような見方から批判
がなされるのだろうが、だからと言って他に
どうすればいいのかとなると、そうする以外
にやりようがない面もあるわけで、それの良
し悪しは最終的に民衆が選挙で判断すること
でしかないだろうし、交渉の過程や結果がう
まくいっていないと思う人の割合が多ければ、
場合によっては政権交代して別の政治勢力に
政権を任せるのも一つの判断としてはあり得
るだろうが、それだけが選挙の判断基準でも
ないだろうから、他の様々な要因が加わった
判断になるだろうし、結局はそういうことの
継続や積み重ねによって政治や行政の活動も
行われていて、それが何らかの成果をあげる
時もあるだろうし、またうまくいかない時も
あるわけだが、うまくいったからといって全
体的な枠組みが様変わりするわけではなく、
またうまくいかなかったとしても同様で、経
済活動が行われている中でそれに依存して政
治も行政も活動している実態は変わらないわ
けで、経済活動が続いている限りはそれらに
依存する勢力の間で絶えず利害の調整が行わ
れるわけで、その勢力の中には企業などの民
間の勢力が主に活動しているわけだが、他に
政党や行政機構などの公的な役割を担う勢力
もそれに関わってくるわけで、そのような勢
力が関わって構成されるのが政府と呼ばれる
国を管理統治する機構であり、その管理統治
機関に一般の民衆が影響力を行使しようとす
るには、制度的には選挙の時にしか行使でき
る機会は与えられていないだろうし、しかも
選挙の時にする判断には経済問題以外にも様
様な争点がメディア上で示されるだろうし、
それらを勘案して投票するわけだから、別に
平等な社会を築くことが選挙の争点になるわ
けではないし、また政府の経済政策の良し悪
しだけが争点になるわけでもなく、メディア
を通じた政治宣伝などによって何か漠然とし
た雰囲気や空気によって世論や民意が形成さ
れてしまうと、結局は現状維持という結果し
かもたらされないことにもなるわけで、そう
なってしまえばそういうレベルでは取り立て
て何が問題でも不都合でもなかったことにな
ってしまうわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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