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彼の声

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彼の声 2018.3.10 「争いのある平和」

2018/03/10

 そもそも行政が社会を管理統治するという
ことは、争いをなくして平和な世の中を実現
するためにそうしているわけだろうし、その
管理統治に刃向かうということは逆に行政と
戦うことになるわけだが、争う原因が行政の
管理統治にあるとすれば、争いをなくして平
和な世の中を実現するための管理統治とは矛
盾してしまうわけで、結局は行政による管理
統治によって世の中に権力関係や利害関係が
生じてしまうとすれば、そのような関係を巡
って争いが起きるのは当然だろうし、そうで
あるならはじめから争いをなくすための管理
統治の手法自体が間違っているとも言えるわ
けだが、では権力関係や利害関係を伴わない
管理統治の手法があるのかといえば、管理統
治すること自体が権力関係や利害関係をもた
らしてしまうのだから、そんなものはあり得
ないことにもなってしまい、要するに管理統
治によって世の中の平和を実現することは不
可能にも思われてくるわけだが、そのような
矛盾に対する折衷的な妥協案として、争いの
ある平和を実現するために行政が管理統治を
行っていると捉えれば、実際にはそんなこと
を目指しているわけではないにしても、現状
を考えれば少しは納得できるだろうか。要す
るに行政による管理統治によって争いが生じ
ることは避けられないにしても、そのような
争いを管理統治によって制御しようとしてい
るのが行政の活動であり、そこでいう争いの
制御とは交渉や調整によって争っている双方
から妥協を引き出すようなやり方になるのだ
ろうし、それが行政以外で具体的な制度とし
て確立されているのが、交通事故の示談交渉
とか裁判の和解勧告や民事調停などになるの
だろうが、行政が活用する制度としては審査
や検査を通した許認可権の行使となるわけで、
それは行政側が提示した規格に合うものだけ
を許可するという一見一方的な権力の行使と
なるわけだが、審査や検査を受ける側が受け
入れがたい規格ではなく、努力して規格に合
わせれば合格するような程度であり、なぜそ
うやって規格を設けるのかといえば、それが
各種の安全基準を満たすような規格となるわ
けで、そうした基準に合わせてもらわないと
世の中に何らかの危害をもたらす危険性があ
るから、それらに規制基準を設けて社会を危
険から守っていることになるわけで、それは
交渉よりは調整に重きを置いた制度であるわ
けだが、だからと言って交渉の余地がないわ
けではなく、何らかの条件をつけて許可する
ような場合もあるわけで、そのような条件を
行政との交渉の中で引き出すことも不可能で
はないだろうし、そうした条件を引き出すの
が政治家や弁護士や市民活動家などの役目に
なることもあるだろうが、そこで企業や政治
家などが絡んでくると贈収賄などを絡めて不
正に許可を得るような試みも出てくるわけで、
確かに制度そのものは合理的に作られている
面はあるわけだが、それをねじ曲げようとす
る違法行為を許すような余地も生まれるわけ
で、そういうところが制度的な限界であり、
では他にどうやればいいのかと言われても答
えなどないのかもしれないが、そのような管
理統治には必ず違法行為が絡んできて、そう
すれば経済的な利益を得られるからそういう
行為が後を絶たない状況をもたらしているわ
けだ。

 別に違法行為が後を絶たないからといって、
それを取り締まればいいわけだから、違法行
為を取り締まることも行政による権力の行使
を伴った活動になるわけだが、物事に規格を
設けてその規格に適合する物事だけを取り扱
う許可を出して、適合しなかった物事は許可
されないし、違法に許可を得ようとしたり規
格に適合しない違法な物事を取り扱う人や集
団を取り締まることが、行政の活動全般にお
いて主な仕事になるのだろうが、その物事を
取り扱う行為というのが物や情報やサービス
などの生産と流通と販売と消費に絡んだ経済
活動であり、またそれ以外の人や集団の活動
も取り締まりの対象ともなるだろうし、それ
らの活動の何から何まで行政の許可を必要と
するわけでもないだろうが、とりあえず法律
に違反した行為は取り締まりの対象となるこ
とは間違いなく、そうした管理統治のやり方
は法治主義に基づいて行われるとみなせばそ
れほど間違ってはいないだろうが、とりあえ
ず取り締まりの対象となる違法行為を行った
ところで、それが行政に見つからなければ実
際に取り締まられることはなく、中には見つ
からないように違法行為をやっている人や集
団もいくらでも存在するだろうし、そこにも
管理統治に限界があることはわかりきったこ
とかもしれないが、中には違法行為を助長さ
せるような管理統治もあるのかもしれず、そ
れは行政が提示する規格が厳しすぎてまとも
に安全基準を守っていれば経済的な利益を得
られないような状況をもたらすことであり、
そうなると誰もが違法行為を自覚しながらも
それをやらざるを得ないような成り行きにな
ってしまうのかもしれないし、例えばそれが
排水の水質基準や煤煙や排ガスの基準などに
なると、基準をクリアするには多大な設備投
資が必要となり、資本力のある大企業でない
とそのような基準を守ることができない場合
が出てくるわけで、そうなると資本力の乏し
い中小企業などは利益を出すためというより
は生き残りをかけて違法行為を行うような成
り行きともなるわけで、そういうところで厳
密に取り締まりを行って中小企業ばかりの地
域産業を壊滅させてしまったら、税収を得ら
れなくなってしまう事態も生じるようなら、
監督する立場の行政としても何らかの手心を
加えるような成り行きも出てくるのかもしれ
ないし、場合によってはそういう行為を違法
ではないようにするための条件まで設定する
ことにもなるわけで、例えば事業規模に応じ
て基準を緩和するようなことにもなるだろう
し、小規模な事業者には緩い基準を課して、
設備投資できる余力のある大規模な事業者に
は厳しい基準を順守させるような成り行きも
生じてしまうとすれば、そこで調整が行われ
ていることにもなるだろうし、それは行政側
による妥協だとも言えるわけで、そういうこ
とをやるのがきめ細やかな管理統治とも言え
るわけだが、民間の事業者は経済競争の中で
そういう成り行きを受け入れるわけだから、
少しでも利益を出そうとして違法行為に手を
染めてしまう誘惑に逆らえないような成り行
きも生じてしまうだろうし、結局どうやるに
しても違法行為に対する取り締まりを行わな
いとならない成り行きになってしまうわけだ
ろうし、そういうところで業者との交渉や調
整は必要不可欠だとしても、その一方で強権
的な取り締まりも必要不可欠になるというジ
レンマが常に生じてしまうのではないか。そ
れが争いを伴った平和な状況ということなの
かもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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