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彼の声

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彼の声 2018.3.8 「人心の掌握と離反」

2018/03/08

 人心は世の中の状況を反映しているが、常
に政府が人心を掌握しているとは限らないし、
それは選挙で勝利して議会で主導権を握って
いる政党にも言えることかもしれないが、メ
ディアがそれらの勢力が人心を掌握している
ように演出することはあるかもしれず、逆に
政府や支配政党などがそれを利用して独裁的
な圧政を敷いた後に、何かのきっかけでその
支配が崩れた時に、主導権を握っていた政府
や政党から人心が離れることはあり得るだろ
うし、それは今まで政権を担当してきた政党
が選挙で大敗北を喫した時にも言えることか
もしれないが、そういう人心の離反がそのま
まそのような政府や政党に取って代わって主
導権を握った政党やその政党を中心に組織さ
れた新政府への世論の支持に結びつくわけで
はなく、大抵はそのような経過によって生ま
れた新勢力への期待はすぐに裏切られて、た
ちまち支持を失ってしまう成り行きにもなり
そうだが、それは人心が離れてしまった旧勢
力とそれに代わって台頭してきた新勢力との
間に民衆がそれほど差異を感じられないこと
から、一時の期待が急速にしぼんでしまう結
果をもたらすわけだが、そういうところで民
衆の方でも思い違いをしている面もあるのか
もしれず、同じ世の中の制度や仕組みの中で
活動してきた勢力の間で何らかの差異がある
としても、それは利害の違いに基づく差異で
あって、同じ社会の制度や仕組みの中で活動
してきたということは、その勢力の組織的な
構造やその構成員の質にもそれほどの違いは
生じないのかもしれないし、その中で主導権
の移譲や交代があったとしても、その制度や
仕組みまでが全くの正反対になるわけではな
いだろうし、確かに革命などが起こると旧来
の価値観が否定されるわけだが、それによっ
てあらゆる物事が一新されたと思いたいのだ
ろうが、そういった短期的な激動の時代が過
ぎ去った後からやってくるのが保守的な揺れ
戻しだろうし、気がついてみれば機構や制度
の名称が変わっただけで、旧来の保守勢力の
要人がそのままそれらの機構や制度の中でも
要職に収まっている場合すらありそうで、要
するに看板だけが付け替えられて中身があま
り変わっていない状況もよくあることだろう
し、特に何らかの形で政府が存在する限りに
おいて、それを機能させるには官僚機構が必
要不可欠だろうし、その組織形態としては上
意下達的な構造になるしかなく、それ以外の
形態の官僚機構はあり得ないのではないか。
だから世の中の仕組みや制度が一新されると
は、政府や官僚機構がなくても社会が維持で
きるような形態が編み出されない限りはあり
得ないのかもしれないし、現状ではそんなこ
とはあり得ないし考えられないだろうし、誰
もそんなことまでは考えもしないのではない
か。そうであるならとりあえずは政府や官僚
機構の存在を前提として改革の内容を検討す
るしかないだろうし、しかも現状で構わない
のならそんな大それたことを検討する必要さ
えないだろうし、現状のままだと行政と司法
と立法の三権分立を維持する方向で、それら
の分立を癒着させるような成り行きを阻止す
るような活動が求められてくるのではないか。
そしてその中で民衆が主体的に関わってくる
のが選挙などの政治的な面だろうし、既存の
政治勢力を支持するか、または新勢力の台頭
を期待するかのどちらかにしかならないのか
もしれない。

 そういう期待がどのような結果をもたらす
にしろ、世の中の制度や仕組みなどが維持さ
れるか、その内容が刷新されるにしても、そ
の中で人や集団が活動していることは確かで、
そのような活動に伴って利害関係や権力関係
が生じたり、それによって人や集団の間で対
立や連携などの関係も生じてくるだろうし、
そういった関係の中で全面衝突を避ける目的
で何らかの利害調整や妥協なども図られる成
り行きにもなるわけで、そうした作用はいつ
の時代でも繰り返されてきたのだろうし、こ
れからもそうした作用がなくなることはない
だろうから、それに関わって生じる人や集団
の思惑なども同じような傾向になるだろうし、
考えることが同じならそれに伴って生じる活
動も同じになるわけだが、社会の制度や仕組
みが変わればそれに応じて対応の仕方は変わ
ってくるだろうし、以前なら戦争が避けられ
ないような事態でも、話し合いの継続で乗り
切ることもできるようになるのかもしれない
し、現状でも実際にそうなっているから平和
が維持されている地域では戦争が起こりにく
いだろうし、現状で内戦状態の地域でも遠い
将来か近い将来かは何とも言えないが、現状
への反省から次第に戦争が起こりにくい体質
になっていく可能性はあるだろうし、そうや
って平和が維持されやすい状況になってくれ
ば、政治的にも経済的にも対立が起こっても、
暴力を伴った全面衝突には至らずに利害調整
で妥協するような成り行きになるのかもしれ
ないし、それが普通に行われるようになれば
平和な状態が維持されることにもなるのかも
しれないが、そこからさらに進んで制度とし
て利害調整のやり方が一定の仕組みを伴って
行われるようになれば、対立して争う成り行
きも形式化されてしまうわけで、その一般的
な形態としては裁判の和解勧告などがあるの
だろうが、そういう制度的な仕組みが社会の
隅々にまで行き渡ってしまうと、かえって人
や集団の活動が形式化されすぎてそこから外
れる行為が許されないような状況となり、何
か息苦しく窮屈な社会となってしまうのかも
しれないが、人心がそのような社会状況に反
発して自由な活動を求めるようになれば、自
然と世の中もそういう形式的な傾向から外れ
るような成り行きになっていくのかもしれず、
そうであるなら世の中の各方面で主導権争い
をやっている様々な勢力の方でも、そうした
人心の移ろい具合を的確に捉えてそれに対応
しようとするだろうし、対応せずに逆に自分
たちの都合のいい価値観を強要するように仕
向けてくるようなら、それに対して民衆の方
でも反発や反感を抱くだろうし、そうなると
それらの勢力から人心が離反してしまうのだ
ろうが、そういった成り行きの繰り返しによ
って歴史的な変動や循環が起こっているのか
もしれないし、そんなところまで主導権争い
をしている勢力が考慮しているわけでもない
だろうし、そういうのは集団的な無意識のレ
ベルで起こっていることかもしれないが、そ
んなところからも官僚機構などが目指す社会
の制度的な形式化にも一定の限界があること
は確かだろうし、そういう傾向へと一辺倒に
目指すような取り組みには危うさがあり、た
とえそういうことを行うのが合理的に思われ
るとしても、それをやっていくと思わぬとこ
ろから障害に直面するのかもしれず、その主
な要因としては活動の自由を求めることへの
高まりとともに生じる人心の離反が挙げられ
るのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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