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彼の声 2018.2.28 「政治への無関心」

2018/02/28

 政治と経済が切っても切れない関係なのは、
資本主義経済の発展によって労働者を主だっ
た構成人員とした大衆市民社会が生じてきて、
それらの人口の大半を占める人たちに参政権
を与える過程で民主的な政治制度が確立され
た経緯があるからだろうが、それも過去の話
であって、これからそのような制度が継続し
ていくかどうかは状況次第だろうし、実際に
官僚的な組織形態が民主的な政治制度の形骸
化を促進させるような事態も進行中かもしれ
ないが、民衆の中でも特に公的な政治に関心
を持たない人たちもかなりの割合で生じてい
るのかもしれないし、そういう人は選挙に参
加しないで投票にも行かないだろうし、そう
いう人にとっては政治と自分の生活が直接関
わっているとは思えないから、政治参加への
優先度がそれだけ低くなっているのかもしれ
ず、それで特に問題を感じない限りは、その
まま政治的な無関心のままでいても構わない
ような状況で暮らしていることになるわけだ。
だからと言ってそういう人に向かって無理に
政治に対して関心を持つように仕向けても反
発されるだけだろうし、実際にそれでも構わ
ないような状況が生じていることは素直受け
入れるべきなのかもしれず、政治への参加も
そういう人を除いた人たちに限られるような
実態があるのなら、実際にそういう状況が生
じていることを認めざるを得ないのではない
か。そしてそういう人の意識の中では政治と
経済に繋がりが生じてないことになっている
だろうし、その人の暮らしはその人が政治参
加しなくても困らないような状況となってい
て、そういう人が世の中で多いほど政治が必
要とされていない状況もそれだけ社会に浸透
していることになるのではないか。そういっ
た政治への参加の必要性や政治的な要求が生
じない傾向は、人がそこに参加することが前
提となって生じる社会空間の中で、公的な政
治制度が機能しなくても構わないような状況
が生じていることを意味するのかもしれず、
そういう人の意識の中では政治なしでも済ん
でしまうような社会空間が構成されていて、
少なくとも現実にそれで済んでいることが実
感となって政治的な無関心につながっている
わけで、いつの時代でもそんな人はいくらで
もいたかもしれないが、そういう人の存在が
公的な政治制度の役割や機能が必ずしもそこ
で暮らしている全ての人にとって利用すべき
ものというわけではないことを示していて、
人によって切実さや深刻さに差があり、それ
は単なる意識の差であったり、中には直接の
利害関係にある人もいるかもしれないが、そ
ういう人は少数だろうし、その意識の差が世
の中の風潮や流行現象に左右されるとすれば、
制度の枠組みは法律などで守られてはいるも
のの、その中身や実態にはかなり曖昧な要素
が入ってくるだろうし、そういう面でこれと
いって対応しようがないところがあるだろう
し、やはりそういうところから人々の無関心
とともに制度の形骸化が進行しているのかも
しれないし、当初に設定された制度の趣旨で
はなく、実際の運用面で民主的な内容とは違
った傾向が出てきているとすれば、その役割
や機能もそれを管理運用する勢力や利用して
いる勢力の都合に合わせて変容してきている
だろうし、そうした実際の運用面から生じて
いる制度自体の変容が結果的に制度への無関
心を生んでいるのかもしれないし、そうした
ことがそれらの人には利用する価値があると
は思えないような制度にしているのではない
か。

 そもそも制度を利用することに関して、世
の中で生じている様々な制度のうちでどれを
どの程度利用するかについて、何か人々の間
で一定の取り決めがあるわけでもないだろう
し、そういうところはその人の自由裁量に任
されている面もあるかもしれないが、その場
で生じている成り行きに応じて制度の利用状
況が決まってくるとも言えるわけで、その人
に特定の制度を利用する必然性を感じられな
ければ利用しないだろうし、中には法律に基
づいた強制的な利用というのもあるだろうが、
そうでなければ何をどんな制度を利用するか
はその人次第な面があるのではないか。また
強制的な利用というのが少ない社会であるほ
どそこに暮らす人々の自由度が高まるだろう
し、それは政治制度の利用に関しても言える
ことかもしれず、それを利用しなくても何不
自由なく暮らしていけるのなら、その人にと
っては投票という面倒な行為が減っただけで
もありがたがるようなことなのかもしれず、
それが社会全体にとってはどうであるべきか
とは別問題かもしれないが、果たして公的な
制度が利用したい人だけ利用するような制度
であっていいものかも、何とも言えないとこ
ろかもしれないが、実際にそれで済んでいる
人がいるのなら、そういう制度の実態がある
ということになってしまうのではないか。ま
たそうであるとしても一方では制度を利用し
て利益を得ようとする人や集団もいるわけで、
そういう人や集団にとって都合の良い制度に
変質させることが、果たして公的な制度のあ
り方として好ましい傾向なのかも疑問に感じ
るところだろうし、できれば公的な制度とし
て理想的なあり方があるとすれば、世の中に
暮らしている全ての人にとって平等な制度に
しないと、それが公的な制度とは言えなくな
ってしまうだろうし、特定の人や集団にとっ
て都合の良い制度だと、他の人や集団にとっ
ては都合の悪い制度になりかねず、そういう
面で制度の利用に関して無関心な人が多いほ
ど、それが公的な制度であるとしても特定の
人や集団に都合の良い制度に変質していって
しまう可能性があるわけで、それは制度を運
用する機構の裁量次第な面もあるのだろうが、
少なくともそれが公的な制度としての体裁を
保つには、そうであっては困るだろうし、建
前としても特定の人や集団を有利にするよう
な制度だと、当然他の人や集団が不利になる
ということになるから、それを知ればそれら
の人や集団から反発や抵抗が起こるのだろう
が、たぶんそれに対して無関心な人が多いほ
ど反発や抵抗も弱まるだろうし、結局はそこ
で主導権を握っている人や集団の都合に合わ
せた制度に変質していってしまう可能性が高
くなるのではないか。そしてそこで主導権を
握っているのが制度を管理運営している勢力
であり、それが公的な制度であるならば行政
機構になるだろうし、行政と議会で多数を占
めている政党とが癒着していれば、そこで利
権複合体が形成されるだろうし、それにメデ
ィアも加わってくれば宣伝媒体としてそのよ
うな制度を推進する役割を担うことになるの
ではないか。そうした成り行きに一般の民衆
が抗うすべがあるのかというと、それに関し
てはっきりしたことは言えないだろうが、意
識して逆らうというよりはその場の成り行き
に応じて行動すれば、それが結果的に抗って
いることになるのかあるいは推進勢力に同調
していることになるのかは、やはりその場の
状況次第な面があるだろうし、現状ではどち
らとも言えないかもしれないが、政治に対し
て無関心であることも、その場の成り行きに
応じた態度の表れなのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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