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彼の声 2018.2.27 「政治の必要性」

2018/02/27

 政治活動を全て経済的な功利主義の視点か
ら語ろうとするのは無理があるかもしれない
が、他に何があるのかと言うと例えば軍事的
な安全保障の視点から語ろうとする場合があ
るだろうし、それは外交上の他国との同盟関
係や敵対関係とも絡んでくるだろうが、そう
なると同盟関係にある国との経済的な結びつ
きや敵対関係にある国との経済的な競合関係
も絡んでくるだろうし、そういうところで軍
事的な安全保障と経済関係が組み合わさって、
問題が複雑化してくるわけで、単純に軍事的
な安全保障の問題だけで片付くようなことに
はならず、人や物や情報などの交流も含めた
幅広い分野で政治活動の可能性が広がってゆ
くのではないか。そういう意味では軍事的な
安全保障の問題もイデオロギー的な傾向では
なく、国際的な国と国との相互関係の問題と
なるだろうし、その中では経済的な交流も当
然含まれてくるだろうし、そのような交流を
通して関係国との信頼関係を築いてゆく成り
行きとなるだろうし、少なくともそういう努
力をしないで、ただ外国の軍事的な脅威を国
内向けに煽って軍備増強を目指すような方向
では、予算にも限りがあるだろうから無理は
できないだろうし、軍事予算を確保するにも
経済の状況が絡んでくるわけで、他の予算を
削ってまで軍事予算を増やすのには、削られ
た予算に関わってくる利権を巡って利害関係
にある勢力から反発や抵抗が起こる可能性も
出てくるだろうし、そういうところでも軍事
的な安全保障だけで政治活動が完結する要素
はないだろうし、他も含めた様々な活動内容
の中の一つとして軍事的な安全保障の問題も
政治活動に含まれてくるわけだ。そしてその
根底には予算に絡んで国内の経済状況からの
影響があるだろうし、外国との軍事関係でも
経済的な交流から同盟関係や競合関係が絡ん
でくるわけで、それらのどれ一つを取っても、
単純なイデオロギーから出てくる理屈や軍事
的な脅威論などでは対応が困難な面が生じて
くるのではないか。だからよくメディア上で
それらの単純な論理から一方的な主張を浴び
せてくる人たちがいるが、それらの主張は宣
伝や煽動とみなすしかないだろうし、実際に
はそれだけでは済まないことは誰もがわかっ
ているはずだが、やはりそういう論理を強調
して少しでもそんな主張への賛同者を増やし
て、自分たちの勢力を拡大して社会の中で優
位な状況を作りたいという狙いがあるのだろ
うし、そういうのは国内向けの政治宣伝とし
ての政治活動となるわけで、実質的には外国
との相互関係から軍事的な安全保障が生じて
くるわけだから、それとその手の政治宣伝は
別物だと捉えた方がいいだろうし、国内でい
くら賛同者を増やしたところで外国とは無関
係だろうし、それどころか相手国の方でもそ
の国で軍国的な世論が強まってくれば脅威に
感じる可能性はあるだろうし、それではかえ
って国家間の軋轢や相互不信が深まるばかり
になってゆくかもしれないが、お互いに軍事
予算を増やすにはそういうやり方があるかも
しれないし、それがエスカレートして他の予
算まで削って国家間で軍拡競争をやることが、
果たしてその国の国民にとって利益になるか
どうかは、現代的な状況では否定的に見られ
ることが多いだろうし、その国の経済が好調
で軍事予算を増やす余裕があるのならそんな
傾向にもなるのかもしれないが、それ以外だ
とバランスがおかしくなることはいうまでも
なく、普通はそういう成り行きには賛同しな
いのが真っ当な感覚の持ち主なのではないか。

 もちろん場合によってはそういう主張がも
てはやされる状況が生まれたり、中にはその
手の主張ばかりのメディアもあるのだろうが、
それは一時的な状況だったり、ごく限られた
特殊なメディアだったりするわけで、それだ
けでは済まなくなるから一時的な流行に終わ
ったり、他の要因を考慮しなくても特殊なメ
ディア内では通用する環境が整備されていた
りするからかもしれないが、それとは違う他
の方面でもまた異なった一時的な流行現象が
生じていたり、特殊な専門メディアも他にも
様々な種類があるのかもしれず、そのような
主張と似たような他の主張も様々なものがあ
って、それだけその方面の専門家と呼ばれる
人たちも数多く存在しているだろうし、そう
やってある一つの専門分野で自足した主張を
行うことが可能な環境も他にも様々にあるの
かもしれないし、それらの主張を一概に視野
狭窄だと批判するは筋違いだろうし、そのよ
うな専門知識を必要とする需要があるからそ
ういう専門家と呼ばれる人たちの供給も成り
立つわけで、そういうところで学問や産業分
野の専門化や細分化が資本主義経済を支えて
いて、それが現代的な形態の社会も支えてい
る状況があるのだろうが、そのような専門家
と政治家を同一視するのは少し感覚が違うの
ではないか。政治活動には狭い専門分野に限
られた知識や経験を必要とするのとは質の違
う面があるだろうし、それよりは様々な専門
家から意見を聞いて総合的な判断や決断が求
められるような面の方が大きいし、どちらか
と言えばそちらの方が重要なのではないか。
だからとりあえず政治家というのは外交の専
門家ではないだろうし、軍事の専門家でもな
く、法律の専門家でもないだろうし、財務の
専門家でもないのではないか。もちろんそれ
らの専門家が政治家になることはあるのだろ
うが、いったん政治家になったからには自分
が得意とする専門分野にかかりきりになるわ
けにはいかなくなるだろうし、他の判断もし
なければならないから専門家ではなく政治家
になったわけで、そうでないと政治家として
より幅広い範囲の問題やそこで起こっている
利害対立の調整などに取り組めなくなってし
まうのではないか。もちろん政党という集団
的な組織形態の中で各自が得意とする専門分
野ごとに分業体制を敷くことは可能かもしれ
ないが、そうなってしまうと上意下達的な指
揮命令系統を備えた官僚機構と同じになって
しまうわけで、それでは民主的な政治体制と
は言えなくなってしまうだろうし、むしろ民
主主義を形骸化させる要因がそのような官僚
機構から生じている可能性さえあるのだから、
公務員試験などによって官僚機構が構成され
るのと選挙によって民主的な議会が構成され
るのとでは、質的にも制度的にも異なる体制
にすべきだと考えるなら、少なくとも民主的
な普通選挙によって選ばれるのが官僚機構を
構成するような人たちではあってはならない
のではないか。そういうところで差異を生じ
させないと何も選挙などをする必要はなくな
ってしまうのかもしれないし、どうせ政党も
官僚機構になってしまうのなら、公務員のよ
うに試験によって人員を選抜すれば済むこと
であり、わざわざ面倒で回りくどい選挙をや
って人を選ぶようにした理由も、そこに何ら
かの必然性があるからそうなっているのでは
ないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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