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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.2.26 「メディアと政治」

2018/02/26

 現状では世の中のほとんどの地域では普通
に治安が保たれていて、平和な治世が実現し
ていると言えるのかもしれないが、そういう
状況下で何か政治的な要求が生じるかという
と、安定した生活を送っている人たちにとっ
ては特に取り立てて要求することもないのか
もしれず、そういう人たちは現状で政権を担
っている政治勢力を支持しているだろうし、
そのことに関して何か批判する筋合いはない
のだろうが、それとは別に何か政治的な要求
をしている人たちにはそれなりに困った事情
を抱えているはずで、それを何とかしてほし
いから要求しているのだろうが、そのような
要求を現状で何不自由なく暮らしている人た
ちが妨げるというのも、それもそんなことを
やる筋合いもないのだろうが、そういう要求
が政治の場で受け入れられてしまうと、現状
で安定している状況が崩れてしまうと考える
のも、それに関して筋の通った理由が提起さ
れていれば、何か一理あるように思われてく
るのかもしれず、そんなふうにして何らかの
政治的な要求に対して、それを妨害してくる
人たちがいることも確かだろうし、そうした
大して利害関係がないように見える人たちが
自分たちとは無関係なことに口を挟んでくる
のが、現代的な大衆メディア社会の中で作ら
れる世論なのかもしれず、直接の利害関係の
ある当事者たちの背後から応援団としてその
手の世論が加わって、それが社会問題化する
わけだが、そこで確認しておかなければなら
ないのは、応援団として加わっている世論の
担い手たちにとってその手の社会問題は、そ
れほど深刻に受け止めるようなことでもない
のかもしれず、自分が直接の利害の絡んだ当
事者でない限りはそうなるしかないのだろう
が、そうである限りは社会問題というのも、
それとは無関係な人たちにとってはそれほど
深刻な問題ではないことにもなるわけで、そ
のような問題に対するメディアの論調も政治
家や識者などの発言も、何か大げさに思われ
てしまうのかもしれないが、そのような問題
で実際に困った事情を抱えている当事者にと
ってはそれなりに深刻な問題であることは確
かだろうし、政治的に解決できるようなこと
ならそれに取り組む必要が生じていることも
確かなのかもしれず、実際にメディア上でも
場合によっては国会などでもそれに対する議
論が行われることにもなるのだろうが、そう
なったとしても現状で安定した生活を送って
いる人たちにとっては、直接の利害関係には
ない大した問題ではないことも確かなのでは
ないか。そうであるなら実際に多くの人たち
が感じている平和な状況と、特定の利害関係
者の間で生じている困った事情とは、次元の
違う話であることも確かだろうし、それはそ
れでありこれはこれであるから、両者を絡め
て考えるのはおかしいだろうし、何かそこで
政治的な要求が行われているとしたら、それ
はそれとしてその要求の次元で考えるべきこ
とになるわけで、それとは別次元の事情を絡
めてそのような政治的な要求を妨害すること
は筋違いに思われてくるわけだが、実際にメ
ディア上でされる批判に対する批判という類
いの主張の大半は、そういう筋違いな理由を
持ち出して批判を抑え込もうとしてくるわけ
で、そういうことに関して一般の当事者では
ない立場の人たちはよく考えてみるべきなの
かもしれず、そういう社会問題に関してメデ
ィアが作り出す世論に安易に同調していない
か検証してみることが肝要なのかもしれない。

 それはメディアを通して社会問題化された
り政治問題化されることの全般にわたって言
えることかもしれないが、実際に生命の危機
や財産の危機に直面している人たちが抱えて
いる問題を、メディアを通してそれに同情し
たり批判したりする風潮というのが、大衆メ
ディア社会で作り出される民意や世論に結び
つくのだろうし、政治活動もそれに巻き込ま
れているわけだが、その大元では経済活動に
よってそのような問題が引き起こされている
場合も多いわけで、戦争でさえも経済活動が
その端を発している場合がほとんどだろうし、
人々の活動が経済活動になるからそこで利害
が生じて争いが起こるのはわかりきったこと
かもしれないが、わかりきっているだけに問
題の解決は容易ではないのだろうし、それを
批判する側は行き過ぎた経済活動を批判せざ
るを得なくなるわけだが、それをやっている
側にとっては当然のことをやっているのに批
判させるのは心外だろうし、場合によっては
悪者扱いされると腹が立つわけだが、やって
いることから何らかの被害が生じてくれば、
被害を受けた側はそのままでは収まらないだ
ろうし、何らかの対抗措置を講じてくるのは
当然の成り行きで、実際に損害賠償請求を行
ったり、場合によってはメディアを通して社
会問題化したり政治問題化して、世の中に被
害の実情を知らしめようとしてくるわけで、
そこで経済活動によって被害を与えている勢
力が引き下がるわけにはいかないだろうし、
損害賠償請求には争う姿勢で臨むこともある
だろうし、そうなればメディアを通して被害
などないことを宣伝しようとするだろうし、
そうやってそこで法的な面でも社会的な面で
も政治的な面でも争いが拡大するわけだろう
が、だからと言ってそこから簡単に戦争にな
るわけでもなく、他の利害関係にない人たち
が世の中で大半を占めているようなら、それ
以上は争いが拡大することはなく、直接の利
害関係を持つ当事者同士が法廷で争ったり、
双方の応援団がメディア上で宣伝合戦を繰り
広げたりするわけで、またそれが政治問題化
すれば議会で問題が取り上げられて、そのよ
うな被害を防ぐための法案が審議されたりす
るのだろうが、そこで功利的な利害関係には
加わらなくても済むような人たちなら、損得
勘定などしなくても構わないわけで、その代
わりに人としての倫理とか良識とか節度とか
を優先させても別におかしいわけではないだ
ろうし、人道的な見地から被害を受けている
人たちに同情しても構わないわけで、そうは
せずに被害を出している企業側を応援したり、
場合によってはそれと癒着している政治勢力
や行政側の応援団になったりするのは、何か
感覚が狂っているように思われてしまうわけ
だが、メディアの報道次第ではそういう民意
や世論も生じてしまうだけに、何かそういう
ところで行き過ぎた経済論理に同調してしま
うような風潮が世の中に蔓延している可能性
があり、それをもたらしているのがメディア
的な過剰宣伝なのかもしれないが、そういう
過剰宣伝が経済的な利益の追求ばかりを優先
させる風潮とともに、人としての倫理や良識
や節度を忘れさせる効果をもたらしているの
かもしれないが、たぶんそれも世の中の一部
の人たちがそうなっているだけで、世の中の
大半の人たちはそういう風潮や傾向とは無関
係に暮らしている実態があって、それをメデ
ィアを通して見てしまうと過剰宣伝ばかりが
誇張されて取り上げられてしまうから、そん
な実感が形成されて感覚が狂ってくるのでは
ないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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