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彼の声 2018.2.25 「制度の限界」

2018/02/25

 議会が機能しているところでは政党政治が
制度として定着していることは確かだが、そ
れが議院内閣制であっても大統領制であって
も、行政との絡みで主導権が行政の官僚機構
側にあるようだと、民主的な政治制度が機能
するのは議会までで、行政が機能する段階に
なると民主主義とは異なる行政による管理統
治が優先される傾向になってくるわけで、逆
に行政側が議会で主導権を握っている政党に
働きかけて、行政の意向を議会でも反映させ
ようとすると、議会での民主的な政治制度が
変質してくることにもなるだろうし、議会を
中心とした政党の側が行政に働きかけると、
逆に行政側が関係を持った政党を介して議会
に影響力を及ぼそうとしてくる成り行きが生
じて、場合によっては政治制度が民主的な体
裁を保てなくなってくる事態も起こりうるわ
けだ。なぜそうなってくるのかといえば民主
的な制度とは異なる論理で行政が機能してい
て、民衆の側から行われる下からの働きかけ
ではなく、行政側から行われる上からの管理
統治が優先されるからだろうし、権力関係を
考えれば立場が上の意向が優先されるのは当
然で、法的には国民主権で民衆の側に主権が
あることにはなっているわけだが、実際に集
団の組織形態を考えれば集団内で立場が上で
あるのは、実質的に管理統治を行っている行
政の側になってしまうし、そこに組織形態を
伴った集団が存在して機能している限りは、
集団内の権力関係が優先されてしまう実情が
あるわけだ。そして民主的な政治制度はその
ような上から下への権力関係に対抗するため
に整備された制度といえるのかもしれないが、
それが実際に機能している中では集団的な組
織形態の政党などが介在してきて、実質的に
は集団を管理運営する上からの意向が優先さ
れる実態があるだろうし、同じ集団的な組織
形態である政党と行政の官僚機構が手を結ん
で、民主的な制度を歪めてしまっている面も
あるのではないか。それを歪めてしまってい
ると解釈すること自体が間違っているのかも
しれず、政党なしでは議会が収拾がつかない
から政党が自然発生的に出てきた歴史的な経
緯があるわけだから、民主的な政治制度自体
が実現不可能な理想を含んでいる面もあるの
かもしれず、必要悪として政党も行政の官僚
機構も存在している必然性があるだろうし、
それを必要悪だとみなすことも間違っている
かもしれないが、ともかく放っておけば集団
的な組織形態によって上からの権力の行使が
行われてしまうわけだから、権力を行使され
る立場の民衆の側では、それに対抗するよう
な活動が求められていることになるのだろう
が、そういうことに民衆の側にどれほど自覚
があるのかも怪しいところだろうし、たぶん
ほとんどの人たちはそんなことは自覚してい
ないだろうし、企業などに勤めている人なら
上からの権力の行使に慣れてしまっていて、
公的な場で民主的な制度を守るために民衆の
側で団結しなければならないなどとは考えも
しないだろうし、仮に民衆の側が団結したと
しても何をやればいいのかわからないのでは
ないか。そこで何をやればいいのかとなるわ
けだが、上からの権力の行使に逆らうような
勢力を結集して、選挙でそのような勢力に投
票して議会で主導権を確保することを目指す
べきかもしれないが、現状ではそんなことは
絵に描いた餅でしかないだろうし、そんな意
識すら社会の中では皆無な状況なのではない
か。

 実際にはそこにメディアも介在してくるわ
けで、民主的な政治制度についてはメディア
上で識者による啓蒙活動なども行われている
実態はあるのだろうが、メディア自体も集団
による組織形態で成り立っている企業が運営
しているわけだから、そこでは上からの権力
行使が当然のことのように行われているわけ
で、それによって民主的な下からの働きかけ
を阻む作用が常に生じているだろうし、実質
的には全てが上からの権力行使で成り立って
いるわけではないにしても、実際に下からの
働きかけが生かされるかどうかは上の立場の
裁量次第な面もあり、少なくとも立場が下の
側に権力を行使する権利があるわけではなく、
そういうことから考えると、国民主権という
理念の下に選挙によって下からの権力行使を
実現することがいかに難しいかがわかるかも
しれないが、法的には国民の方が立場が上だ
と認定しているわけだろうし、その国民が一
般の民衆と存在を一致できるのかも難しいか
もしれないが、そういうところで政党と行政
の官僚機構と企業形態のメディアが連携して
民意を管理するような制度となっているのが、
実際の民主的な政治制度であるわけだから、
その管理された民意に民衆の側が同調してい
る限りで、それらの集団的な組織形態による
権力が行使されていることにもなり、そこが
法的な国民主権の形骸化を招いていることの
原因なのかもしれないが、そうならざるを得
ない経済的な事情もあるのだから、制度だけ
で理想を追求するには限界があり、また民衆
の意識改革を目指す啓蒙にも同じような限界
があるだろうし、政治の場には常に民衆の生
活している実態が反映されることは確かで、
その実態が変わらなければ政治制度の実態が
変わることもないだろうし、政治に関わる活
動にしても現状の権力関係からかけ離れた内
容になることはないだろうし、それに関して
大雑把な把握としては、社会の中で実際に活
動している集団的な組織形態を持つ様々な勢
力の意向が、政治の場にも反映していること
は確かだろうし、その意向を無視できないか
らそれらの勢力に対して何らかの便宜が図ら
れるような成り行きにもなるだろうし、それ
が度を越していれば一般の民衆の側でも反発
せざるを得ないかもしれないが、政党と官僚
機構とメディアの三位一体の牙城を突き崩す
ような力が民衆の側にあるとは思えないし、
民衆の方でも理不尽な行政的な措置に反発す
る時には、その場限りの団結が世論を伴って
生じることもあるだろうが、それも反発が収
束してくれば消散してしまうような現象でし
かなく、またそれもメディアによってある程
度はコントロールされるような成り行きにも
なっていて、根本的には集団的な組織形態に
よる権力の行使に逆らう術は今のところはな
いのが現状なのではないか。ただそうである
としてもその集団的な組織形態を伴った勢力
にしても、好き勝手に権力を行使できるわけ
でもないし、経済的な論理に従って利益を追
求する方向でしか権力を行使できず、それに
失敗すれば民衆からの支持を失って、また連
携している他の勢力からの信用も失って、力
が衰えてしまうわけだから、そういう形での
権力の行使が果たして自発的に行われている
ものなのか疑問に感じられてしまうわけだが、
とりあえずそれらの勢力が利益の追求から外
れたことができない宿命にあり、それが主な
活動である限りで権力の行使も可能になって
いて、もちろんそれ以外の利益を無視した慈
善事業や社会貢献や文化事業などを手がける
余裕があるところでは、そういうことが行わ
れている実態もあるわけだが、それが主な活
動となるわけではないし、そういうことも含
めて制度ではなく活動全般にわたって制度外
から作用を及ぼせる余地が求められているの
かもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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