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彼の声 2018.2.17 「政治のエステティック化」

2018/02/17

 現状の政治制度の中で何か肯定すべき面が
あるとしたら、それは何もかもがあからさま
になっていることかもしれず、そのあからさ
まな状態を肯定できるかといえば、否定的に
捉えて批判したくなる人が多いのかもしれな
いが、そういう人は制度そのものもさること
ながら、制度の中で主導権を握っている勢力
を批判することが多いだろうし、制度からそ
のような勢力が生じてきたことに関しては、
あまり事の成り行きを重視していないのかも
しれないが、特定の一つの制度ではなく複数
の制度が競合している中で、それらの制度の
入り組んだ関係を巧みに利用しながら、その
中で主導権を握った勢力が世の中で台頭して
くるわけだから、一つの制度の良し悪しや欠
陥をあげつらっても、そのような勢力への批
判には直接結びつかないのかもしれないが、
そういう意味で制度批判にしても制度の中で
主導権を握っている勢力に対する批判にして
も、なかなか説得力のある批判とはならない
のかもしれず、それでも現状に対する否定的
な認識が拭い難く実感を伴って抱かれてしま
うのだから、何かそれらを批判せざるを得な
い成り行きに巻き込まれていることは確かだ
ろうし、その中でおかしな点や許せない点を
指摘せざるを得なくなってしまうわけだ。そ
してそうした批判がメディアを通じて数多く
なされているにも関わらず現状が変わらない
としたら、たぶんそれは批判が無効となって
いるというよりは、批判が現状を継続させる
糧となっていると捉えた方がいいのかもしれ
ず、そのような批判を含んだ現状がそこに構
成されていて、批判自体が現状を継続させる
上でも有効に機能していると考えるべきなの
かもしれない。ならばそれでは批判としては
駄目なのかというとそういうわけでもなく、
むしろ歓迎されるような批判だと言えるだろ
うし、現状の中で主導権を握っている勢力か
らすれば、それらの人たちが批判してくれる
からこそ、自分たちの主導権が確保されてい
る状態が維持されている可能性が高ければ、
あえてそんな批判を抑え込もうとはしないだ
ろうし、それよりは批判されっぱなしの状況
を放置しておくことを選択するのではないか。
要するにそれも世の中の均衡を保つ上で不可
欠な要素と考えれば、自分たちにとっては否
定的な要素であってもあえて有効活用しよう
とするだろうし、もちろんはっきりとそれを
認識しているわけではなく、成り行き上そう
なっているだけかもしれないが、そうであっ
てもそんな成り行きに逆らう理由はないだろ
うし、自分たちにとって好都合な成り行きな
らそれに乗っていればいいだけだろうし、そ
ういう方面でも勘を働かせることが肝要とな
り、ある特定の面だけに着目してそれを基に
良し悪しを判断するのではなく、物事を総合
的に判断して取るべき態度や行動を決定すべ
きなのは当然であり、状況の全てが自分たち
に有利に働いているわけではないのだから、
状況の中で有利な面と不利な面を勘案して、
その中で現状を保つにはどうしたら良いかを
考えるときに、あえて放置すべきような要素
も出てくることは確かだろうし、その中の一
つが自分たちに対する批判の類いになるのか
もしれないし、言わせたい輩には言わせてお
けばいいと思えば、自然にそれで済んでしま
うような状況となってしまうのかもしれない
し、その辺で下手に反論してやぶ蛇な状況を
作らない方が得策だと考えているのではない
か。

 また政治が下手に首をつっこむべきでない
ことは世の中にはいくらでもあるのかもしれ
ず、政治制度の内部で自足している限りでそ
れ以外の現状から目を背けていられる可能性
も出てくるだろうし、できないことはやらな
い方がいいと考えるなら、そういう点ではあ
まり冒険せずに現状維持に努めていた方が無
難な場合が多いだろうし、そういう面では失
敗を恐れていることになるわけだが、それを
批判する人たちにはそういう姿勢こそが失敗
そのものだとも批判できるわけで、それは両
者の立場の違いだとも言えるわけだが、実際
に全てを行政機構に任せきりでも構わない場
合もありそうで、そうなると政治家の出る幕
がなくなってしまって、形だけは行政のトッ
プの大臣などを担っていればいいことにもな
ってしまうわけだが、制度的にもだんだんと
政治家が何もできないような制度となりつつ
あるのかもしれず、それは法整備としてその
ような改正が行われてきたのではなく、制度
の運用形態としてそうなってきた面があるの
かもしれず、また他の産業分野などでも大企
業などの寡占化が進むとともに企業を実質的
に管理運営する官僚機構の部分が肥大化する
傾向にもあるわけで、そういう傾向が行政機
構の中でもより一層強まってきているとも言
えるわけで、それを促進しているのが情報革
命以後に顕著になってきた情報処理システム
の格段の進歩と発展だろうし、行政的な手続
きがコンピューターの普及と高性能化によっ
て自動的に行われる部分が多くなってくると、
手続きの途中で人が口出しする余地がなくな
ってしまうわけで、そのほとんどが自動化さ
れてしまうとそれに関しては政治家が文句を
言えなくなりつつあって、政治家が行うよう
な議会での審議などの部分は全体のシステム
の中ではほんの一部となってしまい、ただの
外部から文句を言わせないための儀礼的な会
計監査のような役割しか与えられなくなって
しまっているのではないか。実際にそうなっ
ているとすればそれは政治制度の形骸化と言
えるわけだが、その一方で政治宣伝の部分も
肥大化が進んでいると言えるのかもしれない
し、それはソーシャルネットワーキングサー
ビスなどを手掛ける企業が愚にもつかない広
告宣伝ばかりの情報媒体を提供して詐欺的に
資金を荒稼ぎしている実態が、政治宣伝にも
波及しているのかもしれず、どうでもいいよ
うな些細で空疎な内容をまるで洪水のように
宣伝しまくったり、それが何の効果もないよ
うに思われるのだが、それがSNSやニュー
スサイトなどで日頃からその手の慣れ親しん
でいる宣伝と似通っているから不自然に感じ
ないのであり、そういうところで何かやって
いる感が醸し出されてそれを受け取る人々の
脳裏に情報の刷り込みが行われるわけで、そ
の実態は何でもないことかもしれないが、何
かをやっているように装うための技術ばかり
が発展して洗練されることになって、メディ
ア的にはそれが有効に機能して何となく違和
感なく人々の意識に溶け込んでしまい、そう
いうところで別にそれをわざわざ洗脳と称し
て非難するような成り行きにはならないだろ
うし、ある意味ではそれも世の中の情勢や状
況に対応したやり方だと言えるのかもしれな
いし、それが自然な活動だと思われる限りで
何となく支持されるような成り行きになって
しまうのではないか。それは政治の中身より
も外見に気を使っていることにもなるわけで、
政治のエステティック化とも言えるのかもし
れないが、批判する側もそれに対する有効な
言説を導き出せずにいるのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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