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彼の声

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彼の声 2018.2.9 「制度の活用と形骸化」

2018/02/09

 権力という言葉を使って何か説明しようと
すると、何かやりたくないことをやらせるこ
とが権力を行使する理由のように思われがち
だが、政治権力というのが何を意味するのか
はっきりとはわからない面があるのかもしれ
ず、何かをやりたいと思わせることも権力を
行使する理由となるのかもしれないし、そう
なると欲望を抱かせるような策略というのも
あるだろうし、具体的に人や集団を管理して
制御する中で実際に権力が行使されるのであ
り、管理して制御する権限を法律で規定して
制度を定めれば、制度の中でそのような権限
を有する役職が設けられるわけだが、政治と
いうのはそれ自体が議会や行政などの制度の
中で行われるわけで、そして新たに法律を制
定したり既存の法律を改変したりして、制度
の強化を目指すような成り行きの中で政治が
行われ、またその中には減税や規制緩和のよ
うに特定の制度の弱体化を促すようなことも
行われるのだが、それは別の制度を機能させ
るためにそうする必要が生じるのであり、社
会で機能している様々な制度の間でそれぞれ
の制度が効果的に機能するように調整しなけ
ればならない事態も生じるわけだ。しかしそ
の一方で政治活動によって制度の形骸化が生
じる可能性もあるのかもしれないし、何らか
の政治活動にとって都合の良い制度と都合の
悪い制度があるならば、都合の悪い制度は政
治活動によって形骸化を被る可能性があるだ
ろうし、例えば権力の行使によって政治的な
実権を握っている勢力の汚職などを摘発でき
ない場合は、そういう方面での法律が無効と
なって制度が機能しなくなっていることにな
り、そうでなくてもあからさま汚職の典型例
のようなことはやってこないかもしれないし、
常に法律の抜け穴のようなところを突いて巧
妙に汚職とみなされるのを逃れようとする場
合もあるだろうし、そういう場合でも制度が
形骸化を被っていることになるだろうし、別
に汚職でなくても汚職と同等以上の利益や効
果を得られるような合法的な行為が編み出さ
れると、やはり汚職を摘発する目的で定めら
れた法律や制度が形骸化することになるわけ
で、そのような行為も戦略的な意味では政治
活動に含まれるのかもしれないし、そうであ
るなら政治活動の内容は多種多岐にわたって
いて、これといって一概に言えるような活動
ではないのかもしれないが、制度に従いなが
ら法律で定められた範囲内での規制を伴って
活動していることは確かだが、その中では絶
えず活動にとって都合の良い制度は積極的に
活用されるものの、都合の悪い制度はそれを
形骸化させるような行為が活動に含まれるわ
けで、そのような活動からも制度が少なから
ず影響を被っているだろうし、都合の良い制
度は効果的に機能するような作用が及ぼされ
る反面、都合の悪い制度はその機能が無効に
なるような作用が常に及ぼされることになる
のではないか。だからそのような作用を及ぼ
している政治勢力を批判している人や団体は、
ある意味ではそのような政治勢力にとって都
合の悪い制度を有効に機能させようとしてい
ることにもなるわけで、そうだとすればいわ
ゆる批判勢力と呼ばれる人や団体は一概に社
会を管理統治する制度に逆らっているとは言
えず、主導権を握っている政治勢力にとって
都合の悪い制度を活用して、その主導権を自
分たちの側に奪還しようと画策していること
になるのではないか。

 どちらにしても自分たちにとって都合の良
い制度は積極的に活用して、都合の悪い制度
には逆らうような作用が社会の中で常に生じ
ていることは確かだろうし、それはそこで機
能している様々な制度の間でせめぎ合いをも
たらしていて、それぞれの制度にはそれを守
る何らかの勢力がいて、自分たちが守ってい
る制度を機能させるために尽力していること
になるわけで、世の中はそういった制度同士
の戦いの場と化しているとみなされるのかも
しれず、もちろん戦っているだけではなく異
なる制度同士の連携もあるだろうし、それに
関して特定の利害を介して連携するような複
数の勢力があれば、各勢力が護持している制
度同士の連携も実現するだろうし、それが結
果的に各勢力の制度を管理統括する力の強化
に結びつけば、そのような勢力の連携は社会
に多大な影響を及ぼすだろうし、実際に議会
や行政などの国家機能を管理統括する勢力は、
多かれ少なかれ経済の分野で主導権を握って
いる勢力と連携しているだろうし、またマス
メディアの分野で主導権を握っている勢力と
も連携していると、少なくとも国内ではそれ
に対抗できるような勢力がいなくなってしま
うわけだが、実際にそうなってしまえば対抗
する必要がなくなってしまい、社会がそのよ
うな勢力の支配の下で安定するだろうが、そ
の支配の程度を民衆がどう感じるかによって、
それを支配と呼んでいいのかそれとも単なる
管理統治とでも認識すればいいのか見解も分
かれるだろうが、支配されている気がしなけ
れば管理統治が成功しているとも言えるのか
もしれないし、さらに管理統治されている認
識すら抱けなければ、実質的には支配も管理
統治も不完全で綻びだらけかもしれないし、
別に完璧な管理統治や支配を目指す必要すら
ないのかもしれず、ではそれらの勢力がなぜ
連携して社会の中で主導権を握ろうとしてい
るのかといえば、あまり積極的に理由など持
ち出す必要などないのかもしれないし、ただ
その必要が生じているから連携するのであり、
自分たちが守っている制度を維持するには連
携した方が得策だから連携しているのだろう
し、その方が制度をより有効に機能させるこ
とができるからそうしているとしかいえない
面があるのかもしれず、それ以上の理由を付
け加える必要がなければそれで構わないのだ
ろうし、そんな成り行きの中で連携が模索さ
れて実際にそれが実現している面があるので
はないか。そうだとするとそういう状態をあ
まり強い程度で支配とみなす必要さえないの
かもしれず、ただそのような連携に危機感を
抱いて批判するような立場の人なら支配とい
う言葉をもちだすだろうし、場合によっては
大政翼賛会という言葉を使って歴史的なある
時期を連想させるように仕向けることもある
わけだろうし、それを受け取る民衆がどう反
応するかは彼らの現状認識や実感によって様
様な受け止め方があるのだろうが、実際に支
配を実感できなければ相手にされないだろう
し、よくて批判する側の意図を汲んで賛同す
る人たちもいるかもしれないが、どちらにし
ろ受け止める側の実感の程度に左右させるよ
うなことになるだろうし、実際にそんなふう
に批判される現状に社会の中で暮らしている
誰もが何らかの形や程度で加担していること
は確かで、誰もが被害者面するわけにはいか
ないのと同時に完全に加害者側というわけで
もないだろうし、被害とか加害とかいう水準
で考えるようなことでもなく、ただそんな成
り行きに誰もが巻き込まれていながら、別に
そんなことを意識するまでもない状況なのか
もしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
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