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彼の声

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彼の声 2018.2.5 「徒党から政党へ」

2018/02/05

 人は放っておけばすぐに単純でわかりやす
い論理を用いて、自らの妄想や偏見に依拠し
た独りよがりなことを考えがちになるが、そ
れが自分の都合を反映した思考動作であるこ
とは言うまでもなく、そういう思考動作から
自らが否定したい成り行きや結果について勝
手な決めつけを用いて批判したがるわけで、
そうなってしまうことは自らそう考えてしま
う成り行きを肯定したい感情に囚われている
からだろうし、そうなってしまった時点で感
情が赴く方向と思考が向かう先が同期してい
て、それらが最終的には自己肯定という結果
につながっていくわけだが、単純な論理に基
づいて考えているつもりになることと感情に
基づいて構成される妄想や偏見が自己肯定と
いう特異点で交わってしまうのは、そこでし
か自己肯定が成り立たないからかもしれない
が、そのような現実を無視した想像力からリ
アリティが生じるのは、意識が現実に向き合
っていないことが原因で生じてしまう現象か
もしれず、実際に起こっている様々な事象や
現象を頭の中で恣意的につなげて物語化して
しまうわけで、そこで単純化された論理を用
いて原因と結果が結び付けられて、それが恣
意的であっても結び付けられることから偽り
のリアリティが生じてくるのであり、偽りだ
とは感じられないのはそれが自らの思考動作
から導き出された論理であり、それがその論
理から導き出された原因と結果の物語だから
だろうが、ではそうではない本当の現実とは
何なのかと言えば、それは自らが認めがたい
現実であり成り行きであり結果なのかもしれ
ず、それが感情にまかせて自ら下した勝手な
決めつけや単純化した論理に基づいてこしら
えた原因と結果の物語が間違っているという
ことなのだろうが、それがなぜ間違っている
のかと言えば、そこで生じている偶然の巡り
合わせを考慮していないからであり、それを
考慮すれば原因と結果が結びつかなくなって
しまい、そこで物語が成り立たなくなってし
まうわけだが、なぜそれが頭の中では辻褄が
合ってしまうのかと言えば、勝手な決めつけ
がそれを成り立たせているのであり、それは
一種の短絡であり途中の過程が省かれている
わけだ。そこで生じている真の現実である成
り行きは途中で生じている紆余曲折であって、
それを省いて原因と結果をショートさせてし
まうから、単純な論理も勝手な決めつけも頭
の中では成り立ってしまうのだろうが、自ら
実際に体験しつつある現実の中では成り立っ
ていないわけで、そこで意識と現実との間で
齟齬が生じていて、その齟齬を退けられない
苛立ちが感情まかせの勝手な決めつけを生じ
させてしまうのだろうが、たぶんそのような
論理の単純化と感情まかせの勝手な決めつけ
を共有している人たちが他にも大勢いるので
あり、そういう人たちがデマや嘘を撒き散ら
しながら憎悪を煽るような煽動に明け暮れて
いるのだろうし、そういう行為が野放しにな
っている状況が世の中の荒廃をもたらしてい
るように思われるのだろうが、それも単純な
論理に基づいた勝手な決めつけなのかもしれ
ず、そう思ってしまう時点ですでにその手の
煽動に意識が巻き込まれているわけで、現実
が見えなくなっているのではないか。

 実際には世の中が荒廃しているわけではな
く、人の心が荒廃しているわけでもなく、た
だ憎悪を煽るような煽動が許容されているだ
けで、それをやりたい人たちが勝手にやって
いるだけで、それとは別のことをやりたい人
たちも別のことを勝手にやっている状況があ
るわけだ。もちろんそれらを勝手にやってい
るという表現では、それこそ途中の紆余曲折
を考慮しない短絡的な表現かもしれないが、
そういう成り行きが実際に生じているわけで、
それが許されてしまう状況があるわけだ。要
するに人々は自由を持て余しているのかもし
れず、自由の使い道をわかっていないからみ
っともないことに使ってしまうのだろうし、
それで溜飲を下げている気になっているわけ
だろうが、その実態はただ時間と労力の無駄
遣いをしているだけなのかもしれないが、そ
れこそが自由の使い道だとも言えるわけで、
少なくとも無駄で無意味なことをやっていら
れる暇があるのだから、実態としては世の中
が荒廃しているわけではなく、人の心にも余
裕があるからそんな馬鹿げた行為も許容でき
るわけだ。そういう人たちには他にも主張し
たいことが山ほどあるのかもしれないが、そ
れらのどれもこれもが独りよがりな妄想と偏
見に基づいているのだろうから、その内容に
は大して真実味もないのかもしれないが、そ
もそも自己主張とはそういった類いが多いの
かもしれず、わざわざ主張しなければならな
いということ自体が、世の中にその主張が受
け入れられていない証拠でもあるのかもしれ
ず、そうであるならいくら自己主張したとこ
ろで勝手にやっている水準にとどまるのだろ
うし、要するに勝手にやっているだけでは世
の中に受け入れてもらえないということにな
るのだろうが、ではどうすればいいのかとい
うと、自らが批判している対象に受け入れら
れるようなことを主張しなければならないの
ではないか。だがまずもってそれを断固拒否
したいからそんな主張をしているのだろうし、
だから勝手に主張する以外にはあり得ないの
かもしれないが、それでもそんな勝手な主張
への賛同者も支持者も少なからずいるわけで、
そのような主張を共有して徒党を組んでいる
のだから、少なくとも徒党の中ではそんな主
張が受け入れられているのではないか。それ
がせめてもの救いと言えるのかもしれないが、
徒党の規模がそれ以上は大きくならなければ
そこで頭打ちとなるわけで、それ以上の規模
拡大を目指すとなると時には自らの主張を曲
げて妥協を強いられる可能性も出てくるだろ
うし、例えば過激な主張をマイルドに装って
ごまかさなければならなくなるような状況と
なった時に、いくら鈍感さを装っていても何
かそこに限界があることを感じるのではない
か。たぶんそのような徒党が当初の過激さを
ごまかして一般受けを狙ったりするようにな
ると、途端に資本主義経済の現実が目の前に
鮮明な装いを伴ってせり上がってくるのかも
しれず、そこで嘘も方便的なまわりくどい悪
どさを身につけないとうまく立ち回れないの
だろうし、そうやって自らの欺瞞や偽善を正
当化しようとして、嘘をついた言い訳を他か
ら探してくるようなどうにもならない滑稽な
状況が生じてくるのだろうし、そういうこと
を通過してこないと徒党から政党へと脱皮で
きない成り行きが世の中には生じているので
はないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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