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彼の声

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彼の声 2018.1.27 「唯物論の優位」

2018/01/27

 利益は少数の人や団体で独占するほど大き
くなり、その反対に全ての人や団体に均等に
もたらされるような利益は空気と同じでタダ
同然にしかならないのかもしれないが、利益
が誰もが欲しがるようなものをごく限られた
少数の人や団体で独占する時に最大の効果を
発揮するとすれば、それが希少性の効果なの
だろうが、その一方で利益が少ない人も資本
主義経済の中で暮らしている限りは何らかの
形で金銭的な収入がないと生活が成り立たな
いだろうし、そこで人が生きて生活できてい
る限りは、その生活が成り立つだけの金銭的
な収入が何らかの形でもたらされているわけ
だ。そんなわけで企業活動を利用して大掛か
りな利益の独占が画策されている一方で、世
界中で大勢の人の生活が成り立っている限り
でそれなりに利益の分配が実現している実態
もあり、そんなふうにして世の中では利益の
独占と分配という相反する作用が常に生じて
いることになるのではないか。そこに何らか
の制度が介在しているとすると一方には利益
を凝縮させようとする制度があり、もう一方
には利益を拡散させようとする制度があって、
両方の制度の間で均衡が保たれていれば、そ
れなりに利益の凝縮が生じているとしても同
時に人々の生活も利益の拡散の程度に応じて
成り立っているわけだろうが、特にそれらの
制度の間でバランスを取っている主体はない
のかもしれないし、過剰に利益を独占してい
る人や団体が先進諸国を中心にして多数存在
している一方で、移民や難民や貧困にあえい
でいる人の中には収入を得られずに実際に死
んでいっている人も大勢いるのではないか。
それが世界の偽らざる現実なのだろうが、た
ぶん国家の枠内では制度の制御にも限界があ
るだろうし、行政機構が自らの力の限界を超
えて収支のバランスを取ろうとしているわけ
ではないだろうし、現状を見れば特にバラン
スを取らなくてもどうなるわけでもないのか
もしれないし、そんな中で人を生かすのも殺
すのも人為的には限界があって、人為的な面
以外では自然からの作用が人の生死に重大な
影響を及ぼしているのだろうが、人為的な作
用の面では、まずは企業活動が自分たちの管
理運営している枠内で富の集中を画策してい
るわけだが、そうした中でも従業員や株主に
富を分配している実態もあるわけで、また新
たな投資という形で外部へ富を拡散している
だろうし、結局企業活動は富の集中と拡散を
同時的に行いながらもその活動を維持継続し
ている実態があるわけだ。そして行政機構の
方でも人や企業などから税を徴収することで
富を集中させて、また公債という形でも未来
から富を借り受けているわけで、そうして得
た富を行政特有の活動によって世の中に拡散
させているわけだが、しばしば集めている富
を超えて富を拡散させようとするから慢性的
な財政赤字を招いていて、しかも拡散した富
が住民に均等に分配されているわけではない
だろうし、そういう意味では平等な富の分配
が実現していないわけだが、その良し悪しは
ともかく、とりあえずほとんどの国ではそれ
なりに貧富の格差はあるものの、住民のほと
んどがそれなりに生きていて生活できている
実態があるところでは、企業活動も行政活動
もそれなりにうまくいっていることは認めざ
るを得ないだろうし、それをさらに改善させ
る余地もあるかもしれないが、その一方でよ
り一層状況を悪化させる要因も同時に発生し
ているのかもしれない。

 そうはいっても世界の中で昔と比較して人
が過剰に多く生きている実態があり、それに
関しては産業技術や医療技術の進歩もあるだ
ろうし、何よりも産業分野でも医療分野でも
人を生かすことが利益につながるから人を生
かそうとしているわけで、行政の側でも公的
な保険制度のように人を殺すよりは生かすよ
うな制度の方が優先的に整備されている実態
もあるわけで、それは民間の医療保険などに
関しても同じようなことが言えるのかもしれ
ず、ともかく何らかの金銭的な収入のある人
がいれば、商品を購入する消費者として企業
などが利用できるわけで、そのためには企業
が人を雇用して賃金や給与などの報酬を与え
なければならず、しかも商品の売り上げから
人件費やその他の経費を差し引いた後に利益
が残らないとならないわけで、そうなると物
や情報やサービスの生産と流通と販売と消費
の過程の中のどこかから儲けをひねり出さな
いとならないわけだが、それを制度として見
ると破綻している面もありそうで、その破綻
している面が負債となってどこかで生じてい
るのかもしれないが、それがある面では行政
機構の慢性的な財政赤字となって出てきてい
るのかもしれないし、また別の面では実際に
企業が債務超過となった時に一気に表面化す
るのかもしれないが、債務が残ってしまった
としてもそれがどこにも引き継がれない可能
性があるわけで、その辺で債務を抱えた人や
企業の死や消滅とともに、債務も消滅してし
まうようなことにでもなれば、何かごまかさ
れているようにも思われるわけだが、実際に
制度としても相続権の放棄とともに誰も借金
を払わなくても済んでしまう事態も生じるわ
けで、そういう制度が合理的と言えばそうか
もしれないし、それ以外にはやりようがない
のかもしれないし、そういう意味でも人が生
きている限りで経済的な制度も活動も成り立
っているわけで、企業の活動も行政の制度や
法律を利用した管理統治も、そこに人が生き
て生活が成り立っている限りでそれなりに機
能するわけだろうが、どこかで負債が表面化
して経済活動の矛盾が明らかとなる以外では、
負債ではなく株として富が溜め込まれる場合
もあるわけで、実際にその株がすべて売却さ
れて現金化されるようなら、当然のことのよ
うに株価が暴落してタダ同然の価格となって
富の虚構性が表面化するかもしれないが、実
際にはそんなことは恐慌でも起こらない限り
はあり得ないだろうし、結局株が買い支えら
れて株に価格がついている状態が維持される
限りで、そこから富が生じていることになる
わけで、それはその他の債券などの有価証券
にも言えることかもしれないが、そこに貨幣
とは異なる形で富が蓄積されていることにし
ておけば、その富の蓄積されているという虚
構が信用をもたらすわけで、その信用を担保
として資金を融資してもらえるだろうし、そ
ういう面で貨幣以外の有価証券にも企業が主
体の資本主義経済を支える上で重要な役割と
機能が備わっているわけだろうが、結局貨幣
でも他の有価証券でも負債であっても、それ
らは全て価値を担った情報に過ぎないわけで、
何か物質的に不足したり余っていたり足りて
いたりするという状態とは本質的に異なり、
物質を生産したり流通したり交換したり消費
したりする上で、それに関係する人や団体の
間で通用している取り決めの内容として情報
が共有されているだけで、それが物質ではな
く情報の貸し借りでしかないとすると、いざ
となったらその取り決めを破ればいいわけで、
要するに借りた金を踏み倒すような行為を人
為的にやってしまえるわけだから、そういう
意味で最終的には物質的な論理が優先されて
しまう傾向になるわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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