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彼の声 2018.1.22 「制度への抵抗」

2018/01/22

 集団による組織形態によって制度が管理運
営されているのだから、その中では組織の論
理が個人の論理より優先されるのは当たり前
のことなのだが、その一方で個人が単独の形
態で存在していることも確かであり、実際に
そんな組織的な活動を利用することで特定の
個人に利益がもたらされている場合があるわ
けで、それが企業との関連でいえば株主の利
益であり、個人にもたらされる株配当や株の
売却益があるだろうし、また集団内で役割分
担されて機械の歯車のように活動している人
でも、個人として労働の報酬がもたらされる
わけで、給与や賃金は個人に支払われるわけ
だ。そこに個人と集団との関係で微妙な意味
合いが含まれるのだろうし、場合によっては
そこから組織や集団の論理がまやかしである
ことも明らかになるかもしれず、集団に奉仕
しているはずの組織内にいる多数の個人が、
最終的にはその集団を率いている指導者の役
割を担う特定の個人に利用されているに過ぎ
ないことに気づけない事態も生じるわけで、
別に指導者の役割を担う特定の個人が意図的
に集団を利用する気がなくても、指導者とい
う役割が自分のために集団を利用するような
成り行きにしてしまうわけで、場合によって
は私利私欲のために集団を私物化しているよ
うな状況にもなってしまうだろうし、周りの
人たちがそういう役回りに指導者を仕立て上
げるような動作も生じてしまうのではないか。
そうなってしまう典型例としては絶対君主制
のような形態もあるのだろうが、現代におい
て何か独裁体制のような形態が成り立ってい
る状況があるとすると、トップに立つ人物の
カリスマ性などよりも周りの人たちがそれを
必要とするような事情が集団的な組織体制に
生じていて、実際に組織の内外で強引なこと
をやるには独裁者的な存在が必要となってく
るわけで、万が一やっていることが失敗に終
わればその責任を独裁者に負わせることが比
較的に容易になるから、それを初めから意図
しているわけではないものの、やっていくう
ちに組織的にやっていることが暴走し始めて
もはや引き返すことができなくなってきた時
に、さらにそれを継続させるには無理を承知
で強引にやってしまうような指導力が必要と
なってくるわけで、そのような指導力をどこ
から生じさせるのかとなると、有無を言わせ
ずそれをやらせるような雰囲気を纏ったカリ
スマ的な指導者の存在が必要不可欠となって
くるのだろうし、実際に未曾有の人為的な被
害を伴うような戦争などを推し進める過程で
その手の独裁者的な存在が現れる場合がある
わけで、そういう意味で独裁者的な存在のカ
リスマ性というのは、そのような雰囲気を醸
し出すことを狙った当人の演技から生じると
いうよりは、集団の組織的な活動がそれを必
要としている面があり、その活動が既存の社
会秩序などをぶち壊すような内容であるほど、
それを行わせる理不尽な力を必要としていて、
その力が備わっているように装わせるのがカ
リスマ的な指導者という役柄になるわけだが、
実際にそれを行うのは集団的な組織活動であ
るわけだから、そのような活動の中で特定の
人物がカリスマ的な指導者に仕立て上げられ
るわけで、それも集団的な組織形態から生じ
る一つの特性なのではないか。

 そういうところで集団と特定の個人とのつ
ながりが生じる場合があるわけだが、その一
方で集団内で組織的に役割分担される多数の
個人と集団との間では、集団による多数の個
人に対する支配体制が成り立っているわけで、
その中では個人の自由を制限して集団内の役
割を担わせて、その役割に応じた一定の動作
を個人に行わせるような仕組みとなっている
わけだが、もちろんその役割を全うしている
限りでそれなりの報酬が集団から支払われる
ような契約を集団との間で結んでいれば、契
約上は集団と個人とが平等な関係になるわけ
だが、個人の方でそのような契約を結ばざる
を得ないような境遇に追い込まれているとす
れば、そのような境遇を作り出している社会
環境が個人の側に不利に働いているのかもし
れないし、それが有利不利の関係では理解で
きないような様相を呈しているなら、例えば
企業に対して株主として関わるか役員として
関わるか従業員として関わるかによって、企
業に関わっている個人への企業としての待遇
が変わってくるわけで、また株主として関わ
っているとしても持ち株の量や比率に応じて
待遇が変わってくるだろうし、そういう意味
で単純な有利不利の関係ではなく、また単純
な集団の個人に対する支配体制でもなく、制
度の中での役割に応じた個人の立場や待遇の
差別化が生じているとも言えるわけで、そう
である限りで個人の方は自分に割り振られた
立場や待遇を越えて団結できない状況ともな
ってくるだろうし、結局個人で集団に対抗す
るには同じ立場や待遇の別の個人と利害を共
有して連帯するしかないわけだが、そういう
意味で団結しやすい立場としては消費者とい
う立場があるわけで、それも同じ商品を購入
している限りで団結できるのかもしれないが、
そうであるなら企業の方でも商品の価格や品
質に格差を設けて、消費者の利害の違いや虚
栄心につけ込んで消費者を分断することもで
きるわけで、価格が高くて高品質の商品を買
える裕福な消費者が安くて低品質の商品しか
買えない消費者を貧乏人だと見下したりして、
逆に安くて低品質の商品しか買えない消費者
が高くて高品質の商品を好んで買う消費者を
金持ちだと妬むような成り行きになれば、そ
ういうレベルでは消費者の団結を阻止できる
かもしれないが、人口の比率からいえば安く
て低品質の商品を買う消費者の方が圧倒的に
多い可能性が高いわけだから、単純にはそう
はならないわけだろうし、また安くて低品質
の商品を買う消費者は金持ちを妬むと同時に
憧れているようだと、逆に同じレベルの消費
者を蔑んでいる場合もあるのかもしれず、そ
うなると消費者の団結はそれほど強固なもの
にはならない可能性もあるだろうし、だから
単純に同じ境遇や立場の人たちが団結して自
分たちを支配しようとする集団に立ち向かう
ような成り行きにはなり難いのかもしれない
が、何か社会の中で主導権を握っている勢力
に対して弱い立場や境遇の人たちが団結して
抗議活動などを行う場合は、主導権を握って
いる勢力に対抗できる他の有力な勢力がその
人たちの味方につかない限りは、活動が実を
結んで何らかの成果を上げるには至らない可
能性が高いのかもしれないし、普通はマスメ
ディアなどがそのような活動を大きく取り上
げることで味方を装う場合が多いのだろうが、
その一方でそれらのマスメディアが主導権を
握っている政治勢力と懇意の関係を結んでい
ると、大衆の不満を和らげるガス抜き効果を
狙っている場合もあるだろうし、その辺の成
り行きもどこまで実質的な効果を持つかはそ
の場の情勢次第になるのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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