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彼の声 2018.1.21 「集団への依存」

2018/01/21

 選挙という公的な制度に関して、それを利
用して社会に影響を及ぼそうとしている主な
勢力としては、政党とマスメディアが挙げら
れるだろうが、マスメディアに関しては商売
に利用する情報の中の一つという位置付けで
あると同時に、世論調査に連動した関わりも
あるだろうし、そうした政治関連の報道を通
して政党や行政とも関係を持ってくる面で、
何かとそれらの勢力に配慮しなければならな
い事態も生じてくるとすれば、そういう部分
で単純に批判的な姿勢をとるわけにはいかな
い事情も生じてくるだろうが、一方でマスメ
ディアの利用者である一般の民衆との関係で
いうなら、政治批判を期待している民衆の期
待を裏切るようなことは避けなければならな
いと同時に、政治的な主導権を握っている政
党の支持者を取り込むには、その政党に対す
る批判は控えるような配慮も必要となってく
るだろうし、その辺で微妙な言い回しが必要
となってくるのかもしれないが、やっている
のが商売だと割り切っているなら、一見もっ
ともらしく理解できそうな報道機関としての
公正中立な姿勢というのが何を意味するかに
ついて、恣意的な解釈やずらしを施してうま
く取り繕うようなやり方も生じてくるかもし
れないし、そういうところで何らかのバイア
スがかかった報道内容を一般の民衆の方で適
切に理解することが重要となってくるのかも
しれないが、それを真に受けたり鵜呑みにし
たりすることがいけないわけではないだろう
し、マスメディアの方でもそれを期待してい
るわけだから、期待通りにマスメディアを信
用してあげることも一般の民衆としては模範
的な態度と言えるのではないか。そうやって
考える手間をかけない方がその場では効率的
でコストもかからず、何よりもマスメディア
との関係が良好となるだろうし、またマスメ
ディアが礼賛するような物事を民衆も礼賛し
て、マスメディアが批判している物事を民衆
も一緒になって批判する姿勢が、現代社会の
中で支配的な大衆メディア社会を作り上げて
いると言えるだろうし、それはマスメディア
を通して作り上げられる世論の形成にも、そ
のような民衆の姿勢が一役買っていると言え
るのではないか。またそれは民衆が個人とし
て物事を考えずに集団としてマスメディアの
判断に依存している状態も示していて、その
ような依存状態がある方がマスメディアとと
もにそれと関係を持っている政党や行政にと
っても好都合だろうし、そのことがマスメデ
ィアと政党と行政の三者が一体となって民衆
を共同で管理統治できる可能性を生じさせて
いるわけで、それを実現させるには主要なマ
スメディアの間での連携が欠かせないだろう
し、マスメディアの間で共同歩調をとるよう
な環境を整備する必要が生じて、その結果と
して国会などで記者クラブが開設されたのだ
ろうし、それがマスメディアの利権を保護す
るための制度として有効に機能している実態
があるのではないか。そうだとするとそのよ
うな制度で利益を得ているのは、やはり記者
クラブを管理運営している側なのだろうし、
そこからもたらされる情報を真に受けたり鵜
呑みにしている一般の民衆側でないことは確
かなのかもしれない。

 そして選挙という公的な制度を最大限に活
用しているのは政党なのだろうし、議員個人
ではなく集団で構成する組織的な政治勢力と
して、議会内でも政府内でも主導権を握ろう
としているわけで、多数の議員をその傘下に
従えて数の論理で権力を行使しようとするわ
けだが、それが良い悪いではなく、確かに集
団で構成される組織的な形態にしないと、同
じように集団で構成される組織形態である行
政の官僚機構には対抗できないだろうし、そ
のような必要から自然発生的に政党が生じる
経緯があるにしても、議員が個人として物事
を考えずに集団として政党の判断に依存して
しまうと、その方が政党の判断や方針に逆ら
うような異論が出ずに、組織としての政党に
は好都合なのかもしれないが、それでも絶え
ず個人の判断と政党の方針との間でジレンマ
が生じる可能性はあるだろうし、そうでない
と集団の中で埋もれてしまうだろうし、そう
いう意味で議員にとって政党は利用できる面
と場合によっては反発しなければならない面
の背反する二面性を常に意識し続けないと、
その主体的な活動に支障をきたすような存在
なのではないか。それは政党の党員なのか議
員個人を優先するかの二者択一を選べないの
はもちろんのこと、二つの身分を安易に融合
するわけにはいかない事情も生じるかもしれ
ないし、突き詰めて考えるとそれは倫理の問
題にもつながってくるかもしれないが、それ
は行政の官僚機構の中に身を置いている公務
員にも言えることかもしれず、絶えず個人で
判断できる余地を残しておかないと、集団的
な組織の論理に巻き込まれてしまった時に、
組織の意向に逆らうわけにはいかなくなって
しまうのだろうし、そこで安易に妥協をして
しまうと集団への依存度が高まるとともに主
体的な活動ができなくなるわけで、結果的に
集団内での発言力が弱まってしまうことにも
なりかねず、集団内で主導権を握るにはその
中で力のある人物や勢力に従っているだけで
は、いつまで経っても下っ端に甘んじている
ことになってしまい、他の構成員を味方に引
き込めるような駆け引きや交渉術やカリスマ
性などが必要なのだろうが、そのような組織
内で勝ち抜く術には欠けている何かが個人の
倫理としてあるわけで、それが場合によって
は組織と対決したり組織から脱退する上で必
要であり、その辺の微妙な意識がないと、何
も考えずに組織の歯車として機能したり、組
織のために個人を犠牲にすることに関して何
とも思わないような人間となってしまうわけ
で、そのような組織人間が多く組織内にいる
ほど、確かに組織そのものは団結力が増して
より強力になったように感じられるわけだが、
実際にはそれは幻想であって、硬さが増した
分柔軟性がなくなってもろくなっているのか
もしれないし、もろくなっている分ちょっと
したことで崩れやすくなっているというより
は、形骸化が促進しているのかもしれず、集
団への依存度が高まると、結局は誰も主体的
に物事を考えなくなってしまうということで
あり、そうなると組織的な動作の誤りに気づ
けなくなってしまうし、それに気づいたとし
ても組織に対して対等な立場でものを言えな
くなってしまい、そしてついには組織的な暴
走に歯止めがかからなくなって、最終的には
組織の破滅とともに心中する羽目に陥ってし
まうわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
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