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彼の声 2018.1.20 「選挙のまやかし」

2018/01/20

 公的な制度を社会に定着させるには、その
制度に民衆を従わせるための法律が制定され
ることが多いわけだが、その法律の内容とし
ては民衆が守れることを想定した内容となる
だろうし、できれば権力を行使して強制的に
守らせるようなことはせずに、民衆の方から
喜んで法律を守ることを受け入れるような内
容にできれば、法律を制定する側が民衆から
支持されるだろうし、民衆からの支持を背景
として政治的あるいは行政的な主導権を握る
ことにもなるのではないか。そのような制度
を行政が必要としているとしたらそれは具体
的に何になるだろうか。それに関してありふ
れたことを述べるならそれは民主的な政治制
度となるわけで、公正で平等な選挙によって
議会の議員や行政の長などが選ばれて、そこ
で政治が行われるような成り行きになれば、
一応は民主的な政治制度が成り立っているこ
とになるのだろうが、実際にそのような制度
が成り立っているように見せかけられている
面はあるのだろうが、世界各国では内情が違
っている場合が多いのだろうし、そのかなり
の部分で政治を行政側のコントロール下に置
いている実情があるわけで、行政が政治制度
を通して民衆をコントロールしようとする思
惑が働いていて、政治が民衆に対する管理統
治の手段となっている面が大きいのではない
か。そのような実態が何を意味するのかとい
うと、制度自体に民衆の支持を取り付けてい
るというお墨付きを持たせるには議会の了承
を必要としていて、それには民主的な議会選
挙が必要であり、また行政による民衆の管理
統治という実態を民衆に受け入れさせるには、
民衆の代表者が行政の長になっていれば、形
の上では民衆の代表者による行政の管理統治
が成り立っていることになるわけで、そうな
っていれば行政の意向にも民衆が従いやすく
なって、結果的にその管理統治もやりやすく
なるわけだろうが、実質的には本当にそれで
民衆による行政の管理統治が成り立っている
かというと、選挙などで選ばれる民衆の代表
という立場を占有している人が、本当に民衆
の代表者なのかということになるわけだが、
民主的な選挙が行われていれば形式的にはそ
の通りだとしか言えないわけだが、実質的に
はそうでもない現状があるわけで、実際に選
挙で選ばれて行政などの官僚機構の出身者が
行政の長や議会の議員になっている場合は多
いのだろうし、またそれ以外の一般人が議員
や行政の長になっている場合でも、その周り
に行政機構の官僚たちが補佐役として配置さ
れて、議員や行政の長がそれらの官僚たちの
助言や提言を受け入れる成り行きになってい
るわけで、そうなると選挙で選ばれた代表者
たちの意のままに行政を運営するわけにはい
かなくなるだろうし、しかもそもそもの行政
の機能や役割というのが一般の民衆の意向を
反映させるような余地がない場合まであるわ
けで、そうなると誰が行政の長になったとし
てもその役割や機能に差がなくなってしまう
ような事態まで生じかねず、そうなると特に
行政の長が誰であっても行政自体の役割や機
能は変わらないことになるわけだ。

 実質的に行政に民衆の意向を反映させるこ
とは何を意味するのだろうか。それ以前に民
衆の意向とは何かということが曖昧なのかも
しれないが、それに関してはメディアの世論
調査などから浮かび上がってくる民衆の意向
らしき要望の類を真に受ければ、そういうも
のだと信じるしかないのかもしれないが、果
たして行政に必要なのは民衆の意向に従うこ
となのだろうか。それに関しても民主的な政
治制度の目的を肯定的に解釈するならそうだ
としか言えなくなるわけだが、どうもそのよ
うなアプリオリな前提が疑問に思われるよう
な役割や機能が行政にはあるのかもしれず、
それが民衆の管理統治という動作なのだろう
し、それを正当化するために必要なのが選挙
などの民主的な政治制度であるわけで、果た
してそのような制度を民衆が積極的に利用で
きるのかというと、どうも現状ではそうでも
ない面があると言わざるを得ないだろうし、
もしかしたら選挙という制度自体に民衆を欺
くためのまやかしが含まれているのではない
かと疑いたくなるわけだが、ではそれ以外に
何があるのかという問いを設定してしまうと、
当然のことながら選択肢が限られてくるわけ
で、そういう方面を突き詰めて考えてしまう
と、選挙以外にはあり得ないという答えに行
き着いてしまって、それこそ民主主義の罠に
はまってしまうのかもしれないが、そこに制
度があるからそれを利用するという受動的な
態度から自由になるためには、制度自体を疑
ってみるしかないことも確かで、まずは民衆
の意向を行政に反映させることが本当に必要
なのかというだいぶ反動的な問いを設定して
しまうわけだが、そうなるとやはり行政に反
映させるべき民衆の意向とは何なのかという
循環論的な問いも出てくるわけで、結局その
ような制度はそのような問いを巡って循環し
ながら、正確な答えが出てこないようなシス
テムとなっているのかもしれないし、それに
対する苦肉の策として選挙を行なって暫定的
な答えを出すような成り行きになっているの
かもしれず、その暫定的な答えが果たして民
衆の意向を反映しているのかは、選挙結果を
肯定的に受け止めればそう思うしかないだろ
うし、結果を否定的に拒絶するような人にと
っては、何やらそこに陰謀らしき策略が巡ら
されていると疑ってしまうような成り行きに
もなるだろうし、どちらにも受け取れるとこ
ろが選挙のいかがわしさを印象付けていると
も言えるのかもしれないが、行政側としては
選挙結果からはっきりとした民衆の意向が導
き出されない方がいいのかもしれず、そうで
ある限りにおいて行政側の民衆に対する優位
が確立されていることになるのかもしれない。
要するにそれは民主的な政治制度の無効を意
味しているわけだが、無効であるからこそそ
のような制度は維持させるべきで、無効な制
度を維持することがその制度の利用者をコン
トロールすることにつながるとすれば、その
無効な制度の利用者には利益がもたらされて
いないこととなり、ではその利益がどこへも
たらされるのかと言えば、制度を管理運営し
ている側にもたらされているわけだ。
 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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