文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2018.1.15 「制度の擁護者」

2018/01/15

 制度の中でも仕組みや動作が法律で細部ま
で詳細に規定されているものは公的な制度で
あるわけだが、宗教や生活習慣などに伴った
制度は法律で規定されている範囲を超えて、
慣習的な決まりによっても規定されていて、
そうなると法律を守っていても制度に従うに
は不十分な部分が出てくるわけで、その法律
では規定できないような部分が、制度に従う
上で理不尽に思われてくるのだろうし、そこ
で暗黙の了解事項のような慣習的な儀礼を損
ねると、そのような儀礼を守っている他の人
たちから非難されたりするわけで、場合によ
ってはそのような儀礼を守れる人たちとそれ
を知らない人たちとの間で争いが起こってし
まったりするわけだ。だからと言って人の全
ての動作や習慣を法律で規定することはでき
ないのかもしれないし、その必要がないから
慣習的な決まりが法律を補完するような形で
世の中に浸透しているのかもしれず、それを
守るか否かは法的にはその人の自由な裁量に
まかされているといった方が無難なのかもし
れないが、普通に社会の中で暮らしていると
同調圧力のような形で有形無形の従うように
仕向ける動作が伴ってくるわけで、普通は従
わないと角が立つからなるべく従うように心
がけるのだろうし、そのような慣習的な決ま
りは地域ごとに異なる場合もあるわけで、郷
に入れば郷に従えということわざもあるよう
に、長い歴史があるような独自性の強い地域
で暮らすようなことになれば、なるべくその
地域独自の慣習に従った方が無難なのだろう
し、その場の状況次第の面もあるのだろうが、
理不尽に思われるような制度には従わない場
合には従わなくても暮らしていけるような何
らかの力が必要とされるだろうし、それが政
治的な権力であり金銭的な経済力であるとす
ると、近代的な国家と資本主義経済の繁栄に
伴ってそれ以前の伝統的な儀礼や慣習に基づ
く様々な制度が破壊されてきた歴史的な経緯
があるわけで、それと入れ替わって主流とな
ってきたのが、法律によって動作や仕組みを
細く規定された公的な制度だと言えるのかも
しれず、もちろん旧来からある伝統的な制度
も全てが破壊されてしまったわけではないし、
時代状況の変化や国家や資本主義経済の中で、
状況に合わせた様式に変形を被りながらも生
き残っている制度も数多くあるのかもしれな
いし、それらの制度と法律で規定された公的
な制度とが社会の中で複雑に絡み合いながら
も並存していることは確かで、それらの制度
の中で何を優先させるかに関しては人とそれ
ぞれの制度に対する関わり合いの中で決まっ
てくるのだろうし、たまたま伝統的な制度に
は関わり合いのない立場でいられる人からす
れば、伝統的な制度に従っている人のこだわ
りには理解しがたい面があるのかもしれない
が、逆に伝統的な制度に生活の隅々にまで浸
されている人には、それとは無関係な人は単
なるよそ者にすぎないのかもしれないし、そ
ういうレベルでは両者の間に相互理解が生ま
れるきっかけはないのではないか。

 そうだとしても対立するような接点がなけ
れば両者の間で争いが生じることはないだろ
うし、たとえ同じ地域や国の中で暮らしてい
ても交わることがなければ取り立てて問題は
起こらないわけだが、そこにメディアが絡ん
できてお互いがお互いの存在を知るようにで
もなれば自然と無理解な両者の間で反感が芽
生えるかもしれないし、両者ともにメディア
を通して自らの立場を正当化したい衝動に駆
られる事態も予想され、そんなふうにしてメ
ディア上で何らかの制度を擁護したり批判す
るようなイベントが生じれば、それに呼応し
て他の人たちも擁護するか批判するかのどち
らかの陣営に分かれて対立するような成り行
きになるかもしれず、そうなるとメディアと
いう制度が何らかの制度に起因する対立感情
を煽っていることにもなるのだろうが、だが
メディアという制度自体も取り上げて流通さ
せる様々な情報に付加価値をつけることを介
して利益を作り出そうとしていて、そのよう
な情報の発信源としての立場を固定化して守
ろうとする傾向にもあるわけで、その情報を
他の競合するメディアや関わり合いのない一
般人に勝手に流用されてしまえば、著作権と
いう権益を侵害されたことになるだろうし、
場合によって法的な制度に訴えて損害賠償を
請求するような成り行きになるかもしれず、
要するに制度の擁護者は自分たちの権益を侵
害されることを最も嫌うわけで、伝統的な制
度の擁護者にとっては、制度に無理解なよそ
者が土足で自分たちの領域に踏み込んできて
その場を荒らすような行為を恐れるわけで、
たぶんメディアによってそのような伝統的な
制度が紹介されてそれに関してよそ者がああ
だこうだと癇に障るようなことをコメントし
てしまう事態は許されないだろうが、しかし
もしかしたらそういうことを積極的に行うの
がメディアという制度だとしたら、結局メデ
ィアを通じて何らかの制度に関して人々の間
で対立感情が煽られるような事態が、メディ
アという制度が社会の中で機能した結果とし
て生じる必然的な成り行きなのかもしれず、
メディアを通して世界を知るという行為はそ
れを利用して情報を受け取る人々の間で何ら
かの争いを招く可能性があるということであ
り、確かにメディアを介して人々の間で相互
理解をもたらす面もあるかもしれないが、無
神経な接触や理不尽な宣伝行為を介して無用
な対立や争いが起こる可能性もあるわけで、
そうなるとメディアという制度を利用するこ
とでも恩恵と弊害の両方がもたらされるわけ
だが、それに関して普通は弊害が起こらない
ような配慮がメディア側に求められるだろう
が、どんなに気をつけていても起こる時は起
こってしまうわけで、メディアという制度は
そうやって社会をかき回すような作用がある
かもしれないのだが、もしメディア上で癇に
障るようなコメントや不快な情報の取り扱い
に遭遇したら、そんなふうに不快に感じられ
てしまう自分自身がそうやってメディアが伝
えている対象となる何らかの制度の擁護者で
あることに気づかされるのではないか。
 

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。