文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2018.1.12 「紋切り型の威力」

2018/01/12

 世界の様々な地域や国において、その国や
地域の事情から法律や制度もそれなりに異な
る傾向を示すにしても、例えば商品の売り買
いに関しては同じような慣習があるだろうし、
商品と貨幣の交換に関しては交換する貨幣の
種類は違うが、交換自体は商品と貨幣が同じ
ように交換されていて、また信仰されている
宗教に関しても、宗教の種類や内容は違うが、
信仰の対象である神という概念については同
じようなものであるだろうし、さらに生活習
慣の全般に渡っても仕事や子育てやそれらに
絡んだ冠婚葬祭などに関しては、その種類や
内容に違いがあるものの、同じような出来事
に絡んだ行為としての共通点があるわけで、
そういうところから見てゆけば世界全体で共
通の法律や制度にしていける可能性はあるの
だろうが、その一方で様々な面で差異がある
ことは確かで、その差異を強調しようとすれ
ば、その地域や国の独自性を正当化したがる
傾向も出てくるわけで、特に近隣諸国との外
交的な対立があると、その対立をテコにして
自国の独自性を強調したがるわけだが、無用
な対立をなくすにはその正当化したがる差異
や独自性を政治問題に絡めないことが肝要だ
ろうし、政治や外交の問題は政治や外交のレ
ベルで近隣諸国と協議すればいいわけで、そ
れをその国や地域の文化や慣習のレベルに持
ち込むことがおかしいのはわかっているわけ
だが、やはり国内の世論に訴えかけるには、
そういうやり方になびいてくる人や勢力が少
なからず存在している現状があるだけに、そ
ういう方面で理性的な対応を期待するのは無
理なのかもしれないが、何かその地域や国の
独自性にアイデンティティを見出そうとする
姿勢は、国家的あるいは地域的な不均衡や不
平等をもたらす可能性があるのは確かだ。そ
してそれが経済的な利益を求める姿勢と直結
してしまうと国家間や地域間の経済競争へと
発展するのかもしれないが、そういう成り行
きが高じると文化的あるいは慣習的な対立も
経済的な対立も政治的あるいは外交的な対立
も混ざり合って、それに領土的あるいは軍事
的な対立が加われば戦争の危機が生じてしま
うわけだが、過去にそんな成り行きを経て実
際に戦争を起こした経験があると、二度目は
そう簡単には行かなくなってしまうわけで、
実際に世界各地で国家間の戦争が起こりにく
いのは、過去に戦争を起こした経験から戦争
を起こすハードルがそれだけ高くなったこと
を示しているのではないか。そしてそういう
成り行きを政治が利用している現状もあるの
かもしれないし、極右的な勢力や極左的な勢
力が体制側と反体制側から戦争への危機を煽
っているような状況をメディア的に演出しな
がらも、その他大勢を占める中道的な部分で
世論の支持を得るために、それらの極端な政
治姿勢とは異なることを行うわけで、それが
経済的な方面での政策の推進であり、また国
民の生活を豊かにするような政治宣伝なのか
もしれないし、そのような政策に実質的な実
効性があるかどうかは定かでないとしても、
経済的な面で例えば株価が上がったり失業率
が下がったりしてくれば、それが何らかの効
果が上がっていることの証拠ともなるわけで、
そのような雰囲気を醸し出すことが政治的な
手腕として世論的な評価の対象となってしま
うのではないか。

 制度というのは何も法律ではっきりと規定
されていなくても機能することがあるわけで、
近隣諸国との対立から戦争への危機を煽る体
制的な極右勢力の政治主張も、それに呼応し
て体制側が戦争の準備をしていると主張して
危機を煽る反体制的な極左勢力の政治主張も、
それが延々と主張されているにも関わらず、
実際に戦争が起きていなければ、そのように
同じことを延々と主張すること自体が制度と
して確立されていると考えた方がいいだろう
し、いったんそのようなことが紋切り型とし
て世の中に受け入れられてしまうと、主張内
容としての実質的な効力はなくなるわけだが、
そのような制度的な主張を政治的に利用する
価値が生じてくるわけで、その中で体制側の
極右的な主張は野放しにしつつも優遇するこ
とで極右勢力の支持は得られるだろうし、そ
の逆に反体制的な政権批判に関しては、起こ
りもしない戦争への危機を煽る極左勢力の主
張と同一視するように仕向けて、世論の信用
を失わせることに成功するわけで、その一方
で経済政策に関しても罵詈雑言的な政権批判
しかできない経済評論家の類いも、戦争への
危機を煽る極左勢力と同一視するように仕向
ければ葬り去れるだろうし、実際に株価が上
がって失業率が下がっている事実を突きつけ
れば、それ以外の否定的な要素をいくら挙げ
て批判されても無視できるだろうし、そうい
う意味で戦争への危機を煽るという行為は、
実際に戦争が起こらない限りはフィクション
でしかないだけに、それが制度としての紋切
り型の政治主張になってしまうと、本気でそ
んなことを主張している側にとってはマイナ
ス要因にしかならないわけで、やってはいけ
ないことの教訓として、政権批判を行なって
いる勢力には身に染みて反省しなければなら
ない材料となるかもしれないが、たぶん何事
も経験であり、かつての経験から学ばなけれ
ばいけないことは、同じことが二度繰り返さ
れるのではなく、一度目は確かに悲劇的な結
末を迎えたとしても、二度目はそうならない
可能性の方が高いということであり、しかも
政治的な主導権を握っている勢力が一度目と
同じ過ちを繰り返すほど愚かではないことは
確実であり、確かに同じような傾向が見受け
られるとしても、少なくともその愚かさは一
度目の愚かさとは質が違うことを認識してお
くべきで、一度目と同じような傾向が見受け
られるとすれば、それ自体が誰が見ても滑稽
に見えるわけで、それを演じている当人も自
覚しているはずなのかもしれないが、そのそ
ぶりも見せずに大真面目で演じているように
見えるなら、さらに見ている人たちは疑念を
深めないとおかしいわけで、要するにそれが
茶番劇に過ぎないことに関して明らかな兆候
があるにも関わらず、一度目の悲劇をまた繰
り返しているような気になっているとしたら、
そう思ってしまう人たちは悲劇と悲劇の間に
は茶番劇を挟まないと場が飽きてしまう演劇
に関する制度を知らないことになるのではな
いか。「ヘーゲルはどこかで述べている、全
ての世界史的な大事件や大人物はいわば二度
現れるものだ、と。一度目は悲劇として、二
度目は茶番として、と、彼は、付け加えるの
を忘れたのだ」とマルクスが述べたことが、
果たしてどんな歴史的な経緯にも当てはまる
とは思えないが、こうして世界的にも各国の
首脳たちの二度目の滑稽な演技に遭遇してい
るわけだから、少しはそこから学ばないと、
いつまでたっても勘違いが治らないのかもし
れない。 

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。