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彼の声 2018.1.6 「法律と制度のずれ」

2018/01/06

 法律はそれに基づいて構築される制度を文
章によって規定していることは確かだが、制
度の方は法律を超える部分を含んでいて、法
律で規定されている範囲を超えるような作用
を世の中に及ぼしているとも言えるのかもし
れないし、いったん制度が機能しだすと法律
が制度の働きに追いつけなくなってしまい、
法律の方は後追い的に法律の規定していない
制度の機能を追認するか、それを怠れば形骸
化して法律自体が有名無実となってしまうの
ではないか。それが日本で言えば憲法第九条
なのかもしれないし、まだ有効に機能してい
る部分もあるのかもしれないが、その一方で
後追い的にでも憲法を改正する動きが出てい
ることは確かで、現状に合わせて憲法を改正
することが、現状のさらなる変化をもたらす
かもしれないが、その変化の方向が果たして
正しい方向なのかどうかは、それについての
立場や主義主張によって見解の分かれるとこ
ろかもしれないが、一方で制度の勝手な暴走
に歯止めをかける役割も法律には期待されて
いて、法律の有効性を信じる人たちはそれが
法律の重要な役割であることを説くかもしれ
ないが、現状で民主的な政治制度が機能して
いるのなら、世論を構成する民衆の意識が法
律の有効性をまだ信じていて、現状で政治的
な主導権を握っている勢力が推進している制
度が法律から逸脱していると認識していれば、
そのような制度側の勝手な暴走を民主的な政
治制度の要である選挙を利用して、暴走を止
めようとする政治勢力に投票することによっ
て止めることも可能かもしれないが、それ以
前に現状で起こっていることが本当に制度に
与する側の暴走であると判断できるかどうか
も、それについての立場や主義主張によって
見解の分かれるところであり、さらに言えば
世論や民意がそんなことにまで関心がないと
いう事態もありうるわけで、そんな中で法規
範の根本原理である憲法を持ち出す人々は、
何かというと政治的な主導権を握っている側
の憲法違反を声高に叫ぶ成り行きになってし
まうのだが、憲法も法律の類いには変わりな
く、文章として定めていることである限りは、
その文章で記されている決まり事を守ってい
ると意識している人がどれほどいて、果たし
てそのような人たちが国政のレベルで主導権
を握っている実態があるのかというと、どう
も実質的にはそうではなく、文章で規定して
いることよりも実際に働いている制度を有効
活用することの方が重要視されているわけで、
結局そこで有効活用されている制度に文章で
規定されている内容が合わなくなってくれば、
単に文章の方を書き換えれば済むような成り
行きにリアリティを感じられるのではないか。
実際に世界各国の憲法自体がそういう成り行
きに合わせて絶えず書き換えられてきた歴史
的な経緯があるわけで、現状で動作している
制度にお墨付きを与えるような内容に憲法を
書き換える行為が、憲法違反を告発する行為
と並んで同程度に行われているのかもしれな
いし、実際に憲法を改正する手続きが法律で
規定されているわけだから、制度に合わせて
法律を変える成り行きになるか、また法律が
制度側の暴走の歯止めになるかは、どちらも
可能であることは確からしい。

 そうだとしても法律は文章として記されて
いる限りは絶えず過去の記述となり、それに
対して制度の方が現在進行形で働いている作
用であるわけで、どちらかと言えば制度に与
する側の方にリアリティが伴ってしまうこと
は確かで、その制度を活用して権力を行使し
たり、何らかの利益を出している側からすれ
ば、そのような活動を阻害する要因があれば
それを除去したいだろうし、たとえそれが国
を定める法規範の根本原理であろうと、それ
を変える手続きがあるのだから、それを利用
しない選択肢はあり得ないだろうし、そうな
ると絶えず現状で主導権を握っている側がそ
の主導権を握っている現状を正当化するため
に、自分たちの勢力に都合のいいように法律
も変えようとするわけで、そのような行為の
断続的な積み重なりが国の法律や制度の変遷
を歴史的に構成してきたわけだろうが、そう
だとすると現状で主導権を握っている側がど
んな勢力なのかが問われてくるわけで、その
勢力が民衆の支持を背景として政治的な主導
権を握っているのなら、民主的な政治制度の
中では当然のごとく正当化されるだろうし、
その正当化の根拠は制度的には選挙の結果で
あり、選挙結果が政治的な主導権を正当化す
る上では欠かせない条件なのだろうから、少
なくとも他の条件よりは優先されるだろうし、
それに対して世論調査結果を主導権を握って
いる政治勢力に対する批判の根拠とする場合
もあるわけだが、選挙結果と世論調査結果の
どちらが優先されるかと言えば、制度的には
選挙結果が優先されることは言うまでもなく、
制度を有効活用する側は当然のことのように
選挙制度も有効活用していて、それらの勢力
が握っている政治的な主導権を正当化する根
拠は選挙結果にあるわけだ。そして選挙も制
度であることには変わりなく、その制度自体
を特定の勢力が有利になるような内容にすれ
ば、その勢力を利することになるだろうし、
それも制度の有効活用となるわけで、政治的
な主導権を握っている側が制度を自分たちの
側に有利になるように作り変えようとするこ
とは、常に起こりうる動作であり、実際にそ
うやって特定の勢力が長期間にわたって政治
的な主導権を手放さない例はいくらでもある
だろうし、そうだとすると確かに建前上は公
正で公平な法律とその法律に基づいて構成さ
れる公正で公平な制度の下に世の中が統治さ
れている状態が理想であることは確かだろう
が、何らかの勢力によって世の中が統治され
ている状態自体が、その勢力の政治的な主導
権を正当化するような法律や制度が構成され
ていることを意味するだろうし、そこで行わ
れる政治的な主導権の正当化が、絶えずその
正当化に合わせた法律の制定や制度の構築を
促していて、その統治や支配を磐石なものと
する方向で法律や制度を変えてゆこうとする
傾向があるわけで、それに関してまずは現状
で動作している制度が有効活用されて、いっ
たん制度を利用して政治的な主導権を握れば、
その主導権を盤石なものとしようとしてさら
に制度を自分たちに有利なものに変えてくる
だろうし、その過程で必要な法整備も行われ、
自分たちが主導権を握っている制度に法律を
合わせるわけで、それに成功すれば確かに世
の中の統治や支配が盤石なものとなるかもし
れないが、結局制度自体が人や団体を選ばな
いのかもしれず、制度の固執する者は制度に
裏切られる可能性もあるわけで、実質的に特
定の勢力が握っている主導権の源泉は法律で
も制度でもなく、その場で行使している権力
にあるのかもしれず、何かのきっかけでそこ
で生じている権力関係が崩壊してしまうと、
いくら自分たちに有利な法律や制度に守られ
ていても、それらが有効に機能しなくなる場
合があるわけで、その辺が法律や制度で構成
される形式的な構造の盲点となってくるので
はないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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