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彼の声 2017.12.20 「公私混同の意味」

2017/12/20

 仕事は結果的にうまくいっている仕事だけ
が続いていく成り行きにもなるわけで、事前
に立てた計画通りに物事が進まないのはよく
あることで、そうなった時にその場での調整
力が問われるのかもしれないが、事前に計画
を立てて計画通りに事が運ぶように各方面に
根回しするようなことは官僚機構が得意とす
る分野だろうし、連携している各組織間で利
害調整を行なったり、意に沿わない業者をそ
こから締め出したり、そうやって組織の利益
を確保しようとするのだろうが、一方でそれ
は競争原理と相容れない面も出てくるわけで、
競争に勝って利益を出す見込みがあれば競争
して、正々堂々と公正な競争をするよりは、
事前に談合して利害調整を行った方が利益を
得やすいと判断すれば、競争を回避して談合
する選択肢も出てくるわけだが、公共事業な
どの入札を巡ってそれが違法行為だと知りつ
つも行われる実態があるとすれば、そこで競
争を促す公的な制度よりも仲間同士で通用す
る商慣習が優先される状況が生じているわけ
で、そういうところでいくら制度改革を行お
うとしても慣習が障害となって、制度自体も
公的に公平で公正なものとはなり難い面があ
るだろうし、制度を管理する側にも官僚機構
があるわけだから、そういう場合は制度を管
理する官僚機構に都合のいいような制度にな
りやすく、またそれが制度を適用される側の
民間の企業の官僚機構とも天下りなどで繋が
っている場合は、互いの官僚機構同士で利害
調整が生じやすいだろうし、根本的なところ
でそれらの機構が何に利益をもたらそうとし
ているのかといえば、やはりそれは官僚機構
という組織に優先的に利益をもたらそうとす
る傾向になるわけで、そこで組織の中の交渉
を担当している個人の意向ではどうにもなら
ない構造的な力が組織内や組織間で働いてし
まうのではないか。もちろん交渉担当者は組
織の意向に従うしかないだろうし、しかも談
合などの違法行為が発覚したら責任を取らさ
れるわけだろうし、そうなると個人をトカゲ
の尻尾切りのように犠牲にして組織が生き残
るわけだろうが、そのようなことが長年の慣
習として繰り返されているとすれば、そのよ
うな違法な慣習自体が制度となってしまって
いる実態があるのではないか。そして談合な
どを行うことによってもたらされる組織の利
益はその構成員の利益となるわけだろうが、
確かに公平な競争を行って仕事を受注できな
ければ利益を得られないことになるわけで、
そうであるなら複数の企業で談合して仕事を
分かち合う方が確実に仕事にありつけるし、
公共事業などの入札価格もそれなりに利益が
出やすい価格で落札できるだろうし、企業側
にとってはその方がいいに決まっているわけ
だが、公共事業などを発注する行政の側でも
官僚の天下り先である気心の知れた企業に仕
事を請け負わせたい思惑もあるだろうし、そ
うなると行政側と企業側が持ちつ持たれつの
ウィンウィンの関係となるわけで、それで組
織と組織の間では何の不都合もないのかも知
れないが、そこで問題があるとすれば公的な
資金を活用して事業を行なっているというこ
とだろうし、公的な資金で私的な企業を違法
に儲けさせるという成り行きが問題となるわ
けだが、そこに公的な制度に関する何らかの
不具合が浮かび上がってくるだろうか。

 果たして公私混同は避けなければいけない
ことなのだろうか。その一般的な意味からは
若干ずれてくるかも知れないが、行政側の中
にある官僚機構も組織自体の利益を優先する
限りにおいて、それは私的な利益を追求して
いると言えるのかも知れず、それとは異なる
公的な利益とは特定の組織を超えた社会全体
の利益となるわけだが、その社会全体の利益
というのがうまく合理的には説明できないの
かも知れないし、場合によってはそれは特定
の国家を超える範囲を指すものだとすれば、
国家的な利益ですらが私的な利益の範疇に入
ってしまうだろうし、そうであるなら行政は
何のためにあるのかという話になってきてし
まうだろうし、そこまで範囲を広げることに
関しては否定的な態度をとる人が世の中の大
部分を占めるのではないか。それに関しては
絶えず相対的なレベルで物事を考えるしかな
いのかもしれないし、公的な資金を活用する
公共事業などに関しては、制度として行政側
の官僚機構の利益も企業側の官僚機構の利益
も私的な利益とみなすしかなく、公正かつ公
平な競争を実現するにはそれらの官僚機構の
利益を考慮しないような制度にしなければな
らないだろうし、そこで違反行為が行われた
らどちらの官僚機構も処罰の対象となるしか
ないだろうが、現状では違法行為を行った双
方の責任者が処罰の対象となっていて、また
民間の企業には法的に罰則が設けられている
ものの、行政機構そのものは関係者を処分す
る以外には罰しようがないだろうし、その官
僚機構自体はどうやっても温存されてしまう
傾向にあるのではないか。もちろん行政改革
の対象とはなるだろうが、機構自体をなくす
わけにはいかないし、どうやっても官僚機構
が残るような仕組みになっているわけで、そ
れがないと行政そのものが機能しなくなって
しまうわけだが、それは民間の大規模な組織
形態を伴った企業にも言えることだろうが、
それらの組織自体を中立的な形態にすればい
いのかもしれないが、その中立的な形態とい
うのがやはりわかりにくいだろうし、その辺
で思考が停止してしまいがちになるところか
もしれない。組織の中立的な形態とは組織自
体の利益は求めずに、組織を運営する上での
必要経費だけを得られるような形が求められ
るのかもしれないが、では利益はどうするの
かというと、組織を利用する人たちに何らか
の利益がもたらされればいいわけだろうが、
それが金銭的な利益となると、誰でも分け隔
てなく組織を利用できるようにしないと公正
かつ公平だとは言えないだろうし、そんなこ
とを述べてしまうと実現不可能な理想論にし
かならないわけだが、行政機構とは本来はそ
ういうものなのかもしれないし、その中の官
僚機構やそこで働く官僚に利益をもたらすの
ではなく、その機構を利用する一般市民に利
益をもたらせばいいわけだが、公共事業など
に関してはそれを受注する企業に利益をもた
らすような制度となっているし、原理的には
そうならざるを得ない面があるにしても、で
きるだけ公正かつ公平な姿勢を示さないと公
的な信用を失う可能性があるだろうし、その
ことに一般の市民が敏感にならないと、なか
なか悪弊が改まらないだろうが、それを悪弊
だとも思わない人が世の中の多数派を占めて
いるような状況ならば、一般市民の利益より
は相変わらず官民の様々な官僚機構の組織的
な利益が優先される状態が続いてゆくのでは
ないか。もちろん一般市民は一枚岩でまとま
っていないし、利害も様々なレベルで錯綜し
ているわけだが。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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