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彼の声

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彼の声 2017.12.14 「労働以外の事情」

2017/12/14

 これから世の中のシステムがどうなるにし
ても、とりあえず現状の中で人が暮らしてい
るわけで、また現状の中で資本主義的な経済
システムが働いているとしても、そのような
システムから導き出される合理性を過剰に追
求してしまうと、利己的に利益を追求するあ
まり、それに成功して利益を出すほど、他の
ところで損害を被る部分が増えてくるのかも
しれず、世の中の全体の損得勘定がプラスマ
イナスゼロだとは思えないが、一部で過剰な
利益の追求が行われると、その反動で別の部
分が損害を被ってしまうような事態が起こり
得るだろうし、そういうところでシステムや
その原理から導き出される合理的な活動より
は、利益の追求以外の要素も加味したバラン
ス感覚に基づいた調整的な活動の方が必要に
なってくるのではないか。そのような活動は
過剰な利益の追求によって現実に取り返しの
つかない被害を出してしまったことの反省か
ら生まれるのであり、経済的な利益の追求か
ら人々の間に貧富の格差や権力の不均衡が生
じてくると、社会の中でその格差に応じた階
層も生じてきて、そのようにして生まれた階
層間での対立が深まると、世の中の空気が険
悪なものに変わっていってしまうのかもしれ
ないが、そうした空気に呼応して世の中で憎
悪を煽り立てる感情や極右主義などが流行っ
てくるのかもしれず、一方でそれは資本主義
的な市場経済が活況を呈していることの表れ
だとも言えるわけで、その中で投機的な株や
為替などの取引がもてはやされているようだ
と、すでにその時点で市場のバランス感覚が
失われていて、過去に取り返しのつかない被
害を出してしまった反省が忘れ去られている
ことを示しているのかもしれないが、そうな
るとやがてとんでもない出来事が起こって、
これまでに築き上げてきた信用が崩壊して相
場がリセットされてしまうような事態も予想
されるわけだが、実際にそうなってみないこ
とには反省など生まれないわけで、そういう
意味で行き過ぎた利益の追求に調整を促すよ
うなバランス感覚というのは、取り返しのつ
かない事態が起こった後でないと発動しない
ものなのかもしれず、それはいつも手遅れに
なってから活動を開始するような実質的には
ほとんど役に立たないものなのかもしれない
が、それでも時代状況は完全な過去の繰り返
しとはならず、過去の再現のようなひどい状
況だと思われる中でも、少しは過去の教訓が
役に立っている面も出てくるのかもしれない
し、それが過去の経験の反省として現状の行
き過ぎを是正するような作用を及ぼして、何
らかの歯止めとなって被害を最小限に食い止
めるような効果を発揮するのかもしれない。
そしてそれが何なのかははっきりとはわから
ないだろうし、その実態がつかめないのが歯
がゆいところではあるのかもしれないが、た
ぶんそれは偶然の巡り合わせとしか言えない
ものなのかもしれず、結果として過去の繰り
返しにならなければ、偶然にそうなっただけ
としか言えない面があるわけで、それがフィ
クションなら何かそこで英雄的な活動を行な
った特定の人物や団体が物語られるわけだが、
実際には特定の人や団体が尽力してそうなっ
たとは説明できないことの方が多いのかもし
れない。

 たぶんフィクションの中で物語られる活動
もそのようなフィクションを物語る行為も労
働とは呼ばれないだろうし、労働とは何らか
のシステムの中で部分的に繰り返し行われる
行為であり、少なくともそれは英雄的な行為
とは無縁の活動だろうし、他の人々から賞賛
されるような行為だとは言い難い面もあるわ
けだが、そのような地道な行為を利用して利
益が追求されるわけで、資本主義経済の中で
経済的な利益を追求するには、それを支える
名も無き者たちによる労働が欠かせないとも
言えるのかもしれないが、それらの労働に従
事する人たちは寡黙に課された作業をこなす
だけで、それ以外のことには何の発言権もな
いかのように扱われているのかもしれず、そ
の代わりに娯楽として英雄の物語などのフィ
クションをあてがわれて、それに気を取られ
ているうちに不平等な格差や不均衡な権力関
係によって虐げられている実情をごまかされ
ているのかもしれないが、結局それも部分的
な事情であって、娯楽も労働も生活の一部を
占める要素の一つに過ぎず、そこに過剰な思
い入れをすることをはぐらかされているわけ
で、何によってはぐらかされているのかとい
えば、それはそれ以外の生活から生じる煩雑
な日常の作業によってかもしれず、そうでな
ければメディアからもたらされる様々な情報
に心を奪われることによってかもしれないが、
それらは全て部分的な些末事の集合体となっ
ているわけで、その中のどれ一つとして本質
的な物事とはなりえず、結局貧富の格差も不
均衡な権力関係もそれが生活の全てを覆って
いるわけではなく、それが自らの生活や人生
に深刻な影響を及ぼしているとは思えない人
の方が、そうである人よりは圧倒的に多いの
ではないか。そしてそれが世の中の世論の傾
向を決定していて、政治的な現状を醸し出し
ていると言えるだろうか。だがそうした主体
的な活動の機会を奪われた人たちに向かって、
メディア上で活動する煽動者たちは何を呼び
かけているのだろうか。実質的には特に何を
呼びかけていることにもならないのかもしれ
ず、何か特定の話題について自らの主張に対
する賛同を呼びかける時があるにしても、部
分的な同調者を得るだけで、それが決して社
会の全体に広がることはないのかもしれない
が、それでは良くも悪くも本来の煽動者とし
ての役目を果たせないわけで、確かにメディ
ア上で何らかの煽動が行われているにしても、
それが世の中に部分的な影響しか与えられな
ければ、そうである限りにおいて煽動はいつ
も不発に終わるような結果を招いていて、良
い意味ではそれが世の中の多様性を物語って
いるのだろうが、悪い意味では世の中が資本
主義経済の中で分業的な分散にさらされてい
るとも言えるのかもしれず、そのような状態
をどう解釈すればいいかは、あまり肯定的に
も否定的にもこだわらない方がいいのかもし
れないし、ただの分散状態と捉えておけばそ
れで妥当な解釈に近づくのかもしれないが、
そうした状況下ではどうやれば主体的な活動
を実現できるのかとなると、何もかもが分散
している状況なだけにこれといって特定の活
動形態が推奨されるわけでもないだろうし、
よく言われるような与えられた状況の中で最
善を尽くすということが何を意味するかは、
人によっても状況によっても異なるとしか言
えないのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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