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彼の声 2017.12.10 「労働の必要性」

2017/12/10

 労働というと生活の糧を得るために行なう
という一般的な認識があるが、それが労働で
はなく仕事ととなると、仕事をするために生
きているとか、人生を仕事のために捧げてい
るとか、他の何よりも仕事を優先させるのが
美徳であるような生き方も世の中では肯定的
に捉えられているかもしれないが、たぶん誰
もがそのような意味で肯定的な仕事をやれる
わけでもないだろうし、多くの人がどちらか
といえば否定的な意味での労働を強いられて
いる実態があるのかもしれないが、それは世
の中で通用している価値観に照らし合わせて、
肯定的な仕事と否定的な労働があるように思
われるからだろうし、またそれは実際に働い
ている人の自分がやっている作業に対する満
足度にも関係してくることで、やりたいこと
をやっていると思われればそれが肯定的な仕
事となりうるだろうし、やりたくないことを
やらされていると思われればそれが否定的な
労働だと見なされてしまうのではないか。そ
れに関して一般的なことを言えば、世間で脚
光を浴びている仕事につければ満足感を得ら
れるだろうし、そうでなければ不満を感じる
場合もあるだろうが、別に脚光を浴びていな
くても自分のやっている仕事が好きなら満足
感を得られるだろうし、満足感を得られるよ
うなことをやれている状態であれば、それは
やりたい仕事をやっている感覚になれるだろ
うし、別に世間で脚光を浴びている仕事に就
いていても、何かの加減でこんな仕事をやっ
ているべきでないと思われるなら、それは不
快な労働となってしまうかもしれないし、そ
ういう意味で肯定的な仕事と否定的な労働の
境界が曖昧であることは確かだが、そこに様
様な思惑や要因が絡んできて労働を肯定的に
捉えたり否定的に捉えようとする気にさせる
わけで、とりあえずやっていることから金銭
的な利益を得られようと得られまいと、人が
そこで何らかの活動を強いられているととも
に、それが自らの意志で主体的にやっている
活動と思われるなら、その活動を肯定せざる
を得ないだろうし、受動的かつ隷属的に何か
をやらされているような状況となっていれば、
そのような活動には否定的な感情を抱いてし
まう成り行きとなるのではないか。そしてそ
うであるとしても、誰もが肯定的な感情を抱
けるような仕事に就けるわけではないだろう
し、また誰もが労働に対して否定的な感情を
抱いてしまうわけでもないのだろうし、それ
が肯定的に思われるにしろ否定的に思われる
にしろ、現に行なっている仕事や労働がある
わけだから、そのような仕事や労働は人が行
える範囲内の仕事や労働だと言えるわけで、
たとえそれをやることによって心身の健康を
害して悲惨な状況に陥ろうとも、とりあえず
そんな状況に追い込まれるまではそれを行え
ることが、その人の身をもって証明されるわ
けで、それやらせる側の思惑からすれば、そ
の人がおかしくなって使い物にならなくなれ
ば、その人を廃棄して別の人にやらせるまで
だろうし、そうやって代わりが見つかる限り
はそういう労働が成り立つわけだ。

 また社会の中で行われている仕事や労働は
大抵は分業体制でやっていることが多いわけ
で、同じ企業内でもやりたい仕事とやりたく
ない労働というものがあるだろうし、同じ仕
事でもやりたい役割とやりたくない役割とい
うものも出てくるのかもしれないし、それら
をどう調整するのかという課題が絶えず生じ
てくるわけで、結局はそこで人道的な配慮を
するとなると、やりたくない役割ややりたく
ない労働をやらされる立場の人に何らかの配
慮をしなければならなくなるのだろうが、そ
の辺が微妙なところであり、配慮するために
コストをかけたくなればその分だけ利益が出
るかもしれないし、実際にコストをかけた分
だけ利益が減ることになれば、そんな配慮は
やめてしまえという意見が大勢を占める場合
もあるわけで、しかし仕事のシステム上必ず
やりたくない役割や労働が生じてしまうとな
ると、ではそれをやる犠牲者をどうやって調
達するのかということになるだろうし、調達
が困難になってくればそういう役割や労働を
できるだけ生じさせないようなシステムにし
ていかなければならなくなるわけで、そのよ
うな課題に対する一つの答えがそのような役
割や労働を機械に肩代わりさせるという選択
肢が出てくるわけであり、そうやって産業の
機械化が進展してきた歴史的な経緯もあるの
かもしれず、何も作業のコストや効率性だけ
なく、人がやりたくない作業を機械に肩代わ
りさせるという必要が絶えず産業技術の革新
をもたらしてきたとも言えるのかもしれない。
もっともやりたくない作業をやらされる側と
しては、やりたくないのにやらされているわ
けだから士気も上がらないし、その分自然と
作業効率が悪化してコストも嵩むし、しかも
そのうち作業のやり手自体が集まらないよう
になれば、やはりそういう部分は必然的に機
械化するしかなくなるのかもしれないし、そ
れも自然の成り行きといえば言えないことも
ないわけだが、そういう成り行きとして現状
で直面している分野があるとすれば、それは
軍隊であるのかもしれず、例えば現状の世界
の中で命の危険を晒してでも軍事的に戦わな
ければならない相手がいるのかと言えば、ど
う考えてもそんな相手がいるとは思えないだ
ろうし、またそれと同じように命の危険を晒
してでも軍事的に守らなければならないよう
な国家体制なのかと言えば、どう考えても現
状の国家体制にそんな義理があるとも思えな
いだろうし、そういう思想信条的なことでは
なく、単に職業として他に選択肢がなく、あ
るいはそんな成り行きの中でたまたま軍隊に
入ってしまったら、そういうものだとあきら
めるしかないだろうが、それも普通の感覚な
ら戦闘で死傷したくはないだろうし、戦争さ
せる側でも兵士が死傷するコストや効率が割
に合わないと判断すれば、自然の成り行きと
してなるべく味方の兵士の死傷を少なく抑え
るようなシステムにしたいだろうし、そうな
るとできるだけ機械化するような成り行きと
なるのではないか。もちろん機械化するには
高度な産業技術が必要となり、それを持って
いないか購入するだけの資金がなければ、そ
のような軍隊や武装組織で戦闘が行われてい
る場合は相変わらず兵士の死傷が日常茶飯事
となっているわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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