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彼の声 2017.12.9 「大義名分」

2017/12/09

 人が目的を持って何かをやろうとする際に
は、その目的がどこから生じてくるのかを考
えているわけではないし、少なくとも自らの
意志で自発的に行為しようとするだろうし、
目的を抱かせている対象が自分以外から生じ
ているとは思わないのではないか。企業の経
済活動は何をやるにしても結果的に利益を出
すことが重視されるわけで、それは株式会社
などの会社制度が利益を出すことを宿命づけ
られた制度であり、どのような形であっても
最終的には利益を出さないと継続していかな
い制度なのであり、損失を出し続けて資金供
給が止まってしまったら事業の継続が困難と
なってしまうのは当然だろうが、その一方で
事業内容に関して出資者に夢を抱かせるよう
なことをやっていれば、その夢を求めて資金
が集まる可能性が出てくるのだろうし、その
夢の事業というのが事業を行う者の目的とな
るわけで、それがある時には社会貢献という
大義名分を纏うこともあるだろうし、また別
の方面では人々の共通の夢を実現するための
プロジェクトという体裁を帯びることもある
わけだ。そういうのはまかり間違うと詐欺と
紙一重な面もあるだろうが、とりあえずそう
いう事業が株式会社などの企業形態を伴って
進められれば、必ず最終的には利益の獲得を
目指す試みとなるだろうし、また国家プロジ
ェクトのような体裁を纏う場合は国家予算で
賄える範囲内で行われることになるだろうが、
そのような大げさなことではなく、個人の身
勝手な夢を実現するためのプロジェクトであ
っても、出資者を募って資金が集まるような
成り行きになるなら、やはりそれはその人の
夢だけではなく金銭的な利益を求めて出資を
申し出てくるのだろうし、普通は金銭的な利
益が得られる可能性があると思われるから資
金が集まるのだろうが、中にはそれが金銭的
な利益目当てでない場合もあるだろうし、そ
の利益を上げた先で行われる事業というのも
あるわけで、まずは利益目当ての事業を成功
させて大金を得てから、その資金を使って世
の中を変えようとするプロジェクトを立ち上
げたりするわけで、そうしたプロジェクトの
場合は金銭的な利益目当てとは別の利益が優
先されるのだろうし、場合によってはそれが
自分のためというよりは、社会全体のために
資金を使うような成り行きとなるのかもしれ
ず、そこまではっきりと意識していないかも
しれないが、何だかわからないがやっている
うちにそういう成り行きとなっていることに
気づかなくても、満足感を得られていれば資
金が続く限りはそれを継続しようとするだろ
うし、案外それが目的だという自覚がない方
が継続する可能性が高いのかもしれず、目的
を正当化する手間がかからない分、大げさな
使命感や無駄な労力や心労を伴わずにやって
いけるのではないか。

 だがそうなると当人は結果的に社会の役に
立ったという認識には至らないだろうし、当
人以外でも誰もそうは思わないかもしれない
が、結果的にそうなるようなことを行なって
いるとすれば、それは誰にも意味がわからな
いような行為となるのかもしれないが、可能
性としてはそのような成り行きもあり得ない
ことではないだろうし、そういう意味で何か
をやるのに必要な目的というのはそれほど重
要ではないのかもしれず、とりあえず多くの
人を巻き込んでやる組織的なプロジェクトに
は、それをやるに際してそれに関わってくる
人たちが納得できるような大義名分が必要と
なるだろうし、本当はそうでないにしてもそ
れらの人々を騙すための事業目的を設定して
おくべきなのだろうし、目的のためにやると
いうよりはそれをやり続けるために設定して
おく目的というのもあるのかもしれず、結局
そのような事業が継続されている間は、それ
に関わっている人々が満足感を得られていれ
ばそれで構わないようなことが行われている
可能性もあるだろうし、そういうところで初
めに目的があってそれを目指して事業を行な
うという順序とは違うことが行われる可能性
が出てくるわけだ。そして一般的な生活の糧
を得るために行なう労働という概念も、それ
が生活の糧を得るために行なうのではなくな
った時から目的がずれてくるわけで、生活す
るにはもう十分な資金を確保した先に、何か
それとは違う行為が生じてくるのではないか。
そしてそのような行為には目的を設定しづら
いのかもしれないし、あえて目的を付け加え
るとすれば、結局そこで何かをやっているこ
と自体が目的だとも言えるような成り行きに
なってくるわけで、そうなると社会貢献とか
いう大義名分とは無関係となってくるのかも
しれないが、そのような行為に他の大勢の人
人を巻き込んでいる実態があるとすれば、何
かそれらの人々を納得させる大義名分が必要
となってきて、そのような大義名分として世
の中に受け入れられやすいのが社会貢献とな
るわけだ。そしてそのような事業が多くの人
人を巻き込んで行われる場合は資金が必要と
なって、そのような資金の蓄積がどこで生じ
るのかといえば、資本主義的な経済活動が生
じさせるのだろうし、具体的には企業を中心
とした利益を追求する活動が資金の蓄積を生
むわけで、それ以外では行政による徴税行為
や公債の発行などで資金の蓄積を生む場合も
あるわけだが、そのようにして蓄積された資
金を活用する場合はそこに多くの人や団体な
どが絡んでくるわけだから、それを正当化す
る目的というのが世間を納得させるようなも
のでないと受け入れ難くなるわけで、そうな
ると世の中の慣習や制度からもたらされるよ
うな大義名分が目的として出てくるわけだ。
そしてその最大公約数的な大義名分を単純化
するなら、社会全体のために資金を活用する
という目的になるのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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