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彼の声 2017.11.30 「システムと体制批判」

2017/11/30

 過去の経緯がどうであれ現状で動作してい
るシステムの構造を比較してみた場合、産業
システムの中では企業が集団的な組織形態を
維持しながら従業員などの個人を拘束してい
て、政治システムの中でもやはり政党が集団
的な組織形態を維持しながら政治家を拘束し
ていて、行政システムの中でも当然のことな
がら官僚機構が集団的な組織形態を維持しな
がら公務員を拘束しているわけで、当たり前
のことだがどのシステムも集団的な組織形態
として人を組み込んだ体制となっているわけ
だ。体制は常に官僚機構を必要としていて、
そのような官僚体制を支える官僚たちを単に
事務員と捉えるなら、その事務員たちに権力
があるとは思えないだろうし、事務員が機械
的に事務をこなしている限りは機械と変わら
ないわけだが、組織はその事務員たちに指示
を出さないと動作しないわけで、では誰が指
示を出すのかとなると、普通に考えるならそ
れは管理職が指示を出すのだろうが、では管
理職には誰が指示を出すのかというと、最終
的には組織のトップに立つ人が指示を出すわ
けだが、しかし全ての指示をトップに立つ人
が出すわけではないし、途中の段階で常に地
位が上の者が下の者にトップからの指示とは
別の指示を出しているわけで、そのような指
示の集合体が官僚機構の権力の源泉となって
いるのであり、その様々な段階で地位の上下
関係を利用して権力の行使が行われているわ
けだ。要するにその集団的な組織形態そのも
のが権力の集合体を形成していて、そのよう
な体制に組み込まれていると必ず権力関係に
巻き込まれることになり、組織のトップに立
つ人以外には何らかの指示が出され、その指
示に従わなければならなくなるわけで、その
指示に従っている限りでその人の主体性が抑
圧されることになるわけだ。だが別に指示内
容に納得して従っているなら従うことが苦痛
にはならないだろうし、当然理不尽に思われ
るような指示には逆らうことも可能だろうし、
そういうところでその人の主体性が発揮され
るわけだろうが、中には逆らえないような指
示があるわけで、その逆らえない指示という
のが制度や慣習や機械の動作を伴ってもたら
され、人が組織内でその逆らえない指示に従
いながら活動することが、そこで動作してい
るシステムの機能であり、システムの機能は
逆らえない指示に従って人が指示通りに活動
することによって果たされるわけだ。そして
それが集団的な組織形態の活動内容であり、
その中で人が指示通りに活動した結果が集団
に利益をもたらすのだろうが、その集団の活
動が集団以外の人たちにとって利益とならな
ければ、社会にとってその集団の存在や活動
が害を及ぼしているわけではないにしても、
目障りにはなってくるだろうし、それが宗教
集団や民族集団なら、場合によっては何らか
の口実や因縁をつけられて迫害の対象となっ
てしまう可能性も出てくるのではないか。

 そうだとすると集団的な組織形態はその集
団が存在している社会に何らかの貢献をして
いる限りで、その存在や活動が社会的に許さ
れることになるだろうか。その集団が社会の
中で政治的あるいは経済的な主導権を握って
いれば、場合によってはその社会全体を支配
することもできるかもしれないが、それが政
府などの行政システムに関わっている官僚機
構や政党だと言われることもあるわけで、比
喩的には政官財+マスメディアの利権複合体
が国家を支配しているようなイメージが世の
中に流布されているかもしれないが、支配と
いう概念にも様々な意味合いや程度があるだ
ろうし、中には一般の民衆を抑圧する強権的
な独裁体制がすぐに思い浮かんでしまう人も
いるかもしれないが、強制的にしろ自発的に
しろ当初は民衆の支持を背景としてそのよう
な独裁体制が形成されることが多いだろうし、
大概はそこから事態が進展して、ほとんどの
民衆がそのような独裁体制に組み込まれてし
まうと、民衆も集団的な組織形態の構成員と
なってしまい、そこで逆らえない指示に従う
だけの存在となってしまうわけだが、やはり
それがシステムの機能だと言えるのかもしれ
ず、社会全体が官僚機構に覆われてしまえば、
その中で民衆はただ機械的に動作する事務員
の立場になってしまうわけで、しかも生活の
全てが事務的な作業となっているわけではな
いから、労働している間だけ上からの指示に
従って事務的な作業をこなすだけでよければ、
仕事はそういうものだと割り切ればそれほど
苦にならないのではないか。そういう意味で
は何も独裁国家でなくても官僚体制に組み込
まれている人が不幸な人生を送っているとは
限らないし、日本のように公務員の給料や待
遇が民間の平均的な企業より良いならば、多
くの人が公務員になりたがるのも頷けるし、
そういう人たちが現状の政府や議会与党を支
持しているのも当然のことなのではないか。
だがそうだとしても果たしてすべての国民が
公務員と同じ給与や待遇でやっていけるかと
なると、実際にはそうなっていないことから
もわかるように、おそらく無理だから現状の
ようなことになっているわけで、しかも現状
でも政府や議会与党に対する支持の割合が高
ければそれで構わないわけだが、そのような
状況でも政府や議会与党に対して批判してい
る人たちもいるわけだから、比喩的には官僚
体制の独裁国家だと批判されるかもしれない
が、周辺諸国にさらにそのような傾向の強い
国が実際にあって、それとの比較で言うとそ
のようなイメージは抱けない人が多いのでは
ないか。そういう意味で政治体制への批判は
とかく独裁的あるいは強権的な行為に対する
批判に集中してしまいがちだが、他との比較
でさらに独裁的かつ強権的なことをやってい
る体制があると、相対的にマイルドな独裁的
かつ強権的な行為が見逃されてしまうことに
もなるわけで、そのような単純かつ一方的な
批判はその場限りのインパクトしか持ち得な
いのではないか。そうなら他にどう批判すれ
ばいいのかということになるかもしれないが、
有効な批判があるかないかではなく、まずは
批判してみないことにはその有効性もわから
ないわけで、体制に批判的な勢力はとにかく
批判するしかやることがないのではないか。
 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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