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彼の声 2017.11.28 「システムを管理する側の意向」

2017/11/28

 現状で民主主義的な政治システムが機能し
ている面があるとすれば、それは選挙や議会
や議院内閣制などの制度的な面であることは
確かで、そうした制度面での機能が誰のため
に役に立っているのかといえば、実際にその
ような制度を利用して働いている政治家の役
に立っているわけで、政治家にとってはそこ
が自己実現の場なのだろうし、公的な制度に
よって活動の場が用意され、実際にそこで彼
らは活動しているわけだ。そしてそのような
システムを管理する行政機構と関係を持ち、
行政機構に働きかけて自分たちの意向を行政
に反映させようとするのだろうが、そこには
行政に働きかけようとする政治家側の意向と
ともに行政機構自体の意向もあるわけで、そ
れらが渾然一体となっているところでは、政
治家の主張がどちら側の意向を反映している
のかわかりにくくなっているのかもしれず、
そもそも政治的な意向と行政的な意向が対立
していなければ、別にそれらを区別する必要
さえないのかもしれないが、そうなってしま
うと世論調査や選挙などで結果的に明らかと
なる世論と呼ばれる民衆の意向が政治や行政
の場で反映される余地があるのかというと、
どうもよくわからなくなってしまうのではな
いか。そしてわからないといえば本当に世論
と呼ばれるものが民衆の意向を反映している
のかというと、世論調査などに介在してくる
マスメディアの意向が世論に反映しているの
ではないかと疑いたくなってくるわけで、そ
ういう意味でそれがどういう経緯から出力さ
れるにしても、そのような出力結果には常に
そのような出力結果をもたらすシステムを管
理している側の意向が反映されているのでは
ないか。要するに選挙や議会や内閣などの公
的なシステムには、それらを管理している行
政機関の意向が反映していて、民間の世論調
査などに関してはそれらを管理しているマス
メディアの意向が反映しているわけで、それ
らも含めて世の中で動作している様々なシス
テムにはまずはそのシステムを管理している
何らかの団体や組織の意向が反映しているわ
けで、結局そのようなシステムを利用する人
たちはシステムを管理している機構からの影
響を受けていて、場合によってはそれらの機
構の管理下にもあるわけで、さらにいえば活
動をコントロールされていることにもなるの
ではないか。そうだとするとシステムの利用
者は初めから不利な状況にあって、自分たち
の意向をシステムに反映させることは容易で
ない立場にあるのではないか。そしてそこに
権力関係があるとすると権力を行使するのは
常にシステムを管理する側で、利用者が権力
を行使できない制度になっているわけではな
いが、建前上は選挙によって国民の審判が下
ると言われているにしても、事前の世論調査
によってマスメディアの管理を受けながら世
論誘導されていることは確かだし、世論調査
以外でも偏向報道などによって常時世論誘導
が試みられているし、世論自体がマスメディ
アによる管理の対象となっているわけだから、
そのような世論に同調することは管理を受け
入れることになってしまうのかもしれず、そ
うなると民衆側に管理を受け入れるとか管理
に逆らうということが可能なのではなく、常
に世論はメディアの管理にさらされていて、
それは民衆の世論というよりは管理するメデ
ィア側が民衆の同調を期待して出す世論なの
ではないか。

 少なくとも社会の中で何らかのシステムが
作動しているとすると、そこで主導権を握っ
て権力を行使しているのはシステムを管理す
る組織であることは確かであり、システムの
利用者はシステムの管理者にはそのシステム
を利用している限りで逆らえず、選挙という
システムに関しても形式的には選挙管理委員
会という公的な組織が管理していることには
なっているわけだが、選挙に至るまでの過程
において世論調査による世論の管理から始ま
って選挙時期の決定やそれに合わせた有形無
形の世論誘導を目的とした政治的な駆け引き
やメディア上での宣伝や煽動が繰り返される
わけで、そうしたところで政官財+マスメデ
ィアからなる利権複合体を構成する人々が跳
梁跋扈するのだろうし、別にそうした活動が
何らかのはっきりしたシステムによって管理
されているわけでもないのだろうが、少なく
ともそのような過程の中で一般の人々の主体
的な意志が世論に反映されるような余地など
ないだろうし、そのほとんどは多数意見とし
て最大公約数的に漠然とまとめられてしまう
わけで、それは結局特定の誰の意見でもない
し集団意志のようなものとなるしかないわけ
だが、そのようなシステムではそういう意見
しか汲み上げられない仕組みだと言えばその
通りなのかもしれないが、それがシステムの
欠陥だとは言えないわけで、民衆の中の一人
一人の意見などいちいち聞いていられないこ
とは確かだし、別に政治や行政に対して特に
独創的で独自の意見を持っている人などもそ
うはいないだろうし、いたとしてもそんな意
見など常識はずれで聞き入れられないような
代物でしかなく、結局は世論調査が示すよう
な最大公約数的な意見がメディアの場でも一
般市民の間でも妥当だと思われてしまうので
はないか。そしてそのような意見を政治や行
政の場に反映させることがどんな意味を持つ
のかというと、そのような意見は漠然とした
ものだから何とでも解釈可能になるだろうし、
そうであるから政治の側でも行政の側でもそ
のような意見を最大限に尊重しながら政治活
動や行政活動を行なっていると主張できるの
ではないか。そして最大限に尊重していると
いうことは政治や行政に起因する諸般の事情
から尊重できない面もあるということであり、
それに関してまずは予算的な制約があり、そ
して他の政策との兼ね合いもあり、さらに内
外の情勢が許さない面もあり、などといくら
でも言い逃れができるだろうし、それでも民
衆の世論を最大限に尊重しながら政策を遂行
していると主張できるわけで、それは個々の
政治家や行政担当者の人格や技量から判断さ
れるようなことではなく、システムの構造が
そのような活動を許しているとしか言えない
面なのではないか。だからと言って政治の場
でも行政の場でも全ての活動が制度的に同じ
ようにしかならないということではないだろ
うし、システムの構造であるサイコロを振る
腕の動作は一定であっても、サイコロを振っ
て出た目の数は振るたびに違う目が出るわけ
で、そういうところで偶然的な要素があるの
は確かなのだろうが、そのようなシステムが
いくらひどいからといって、システムの構造
である制度の改革を訴えるだけではうまくい
かないのはわかりきったことで、システムを
利用する人々の意識を変えることも必要であ
ることもわかりきったことなのかもしれない
が、もしかしたら現状ではどちらの変革もう
まくいかない宿命にあるのかもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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