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彼の声 2017.11.24 「個人と集団の関係」

2017/11/24

 普通に考えれば役に立つとか利益になると
かいうのは、何かをやるときの動機や理由に
なるわけで、それ自体は否定すべきことでは
ないのだろうが、果たしてそれ以上に何かを
やる必要が生じるだろうか。たぶんそれをや
ることが必要か否かという判断を経ないでや
っていることがあるわけで、確かにそれを行
なう上での動機づけや理由づけは、集団で何
かをやるときには集団内の他の人たちを説得
する上では欠かせないことであり、それを行
なう上で他の人たちを納得させられる合理的
な理由があれば、集団で行なう共同作業も比
較的スムーズに事が運ぶ可能性が高くなるか
もしれないが、役に立つとか利益になるとい
うのは何かをやった後からもたらされるもの
であり、実際に役に立たなかったり利益も出
ない結果がもたらされた場合は、集団内の他
の人たちを説得して回った人は非難されるだ
ろうし、場合によっては詐欺と見なされても
反論できないような立場に追い込まれてしま
うのではないか。そういう意味では集団内で
他の人たちを巻き込んで何かをやらせようと
する場合は、思うような結果が得られなかっ
た場合には常に集団内での信用を失うという
リスクを負わなければならず、たとえ勝算が
高いように思われる場合でも一種の賭けとな
る公算も高いのではないか。そういう危険を
回避するには明確な動機や理由を明かさない
まま何かをやるように仕向けるような体制や
空気を作るやり方があり、そのような場合は
集団内の特定の個人をターゲットにして周り
からじわじわと同調圧力をかけてくるわけで、
その人が集団が求めている動作をやらざるを
得ないような雰囲気を作り上げてから、やる
かやらないかの選択を突きつけるわけだ。や
るなら集団内で特定の役割を割り振られるが、
やらなければ何の権限もない閑職に追いやら
れるか、場合によっては適当な理由をつけて
集団内から追放されてしまうかの選択を迫ら
れるわけで、そうやって個人を集団の意向に
従わせるやり方があるのだろうが、そういう
場合はそれをやることがその人にとって役に
立つとかその人の利益になるというよりは、
その人が集団の意向に従って何かをやること
が集団の役に立ち集団の利益をもたらす限り
で、その人が集団の一員として認められるこ
とになるわけで、それをやることがその人に
とって必要であるというよりは、集団にとっ
て必要であるからその人が何かをやらなけれ
ばならなくなるわけだ。そうなるとそれをや
ることが必要か否かの判断はその人が行なう
のではなく、集団がその人に何をやらせるか
を判断することになるわけで、主導権はその
人ではなく集団が握っていて、その集団の指
揮命令系統がどうなっているにしろ、何らか
の合議を経て命令が下されるにしても指導的
な地位にある人が命令を下すにしても、あく
までも集団としてその人に命令が下るわけで、
集団内にその人がとどまる限りはその命令に
は逆らえないような圧力が絶えずかかってく
るわけだ。そしていったんそのような集団で
構成される組織的なシステムに組み込まれて
しまうと、何かを行なうための動機づけや理
由づけを経ないでそれを行なっている状況が
生じるわけで、それをやることがその人の役
に立つとか利益になるというよりは、それを
やる上での個人的な動機や理由はあまり重要
視されない場合が出てくるわけだ。

 もちろん集団内で個人の権利を守るような
ことが行われないわけではないだろうし、集
団の役に立ったり集団に利益をもたらすよう
な個人が集団内で重用されることもあるわけ
で、その辺を単純化して個人と集団とを対立
する視点で捉えるわけにはいかないのだが、
世の中で動作している様々なシステムには集
団的な組織形態が組み込まれている場合が多
いわけで、それが何の役に立ち何に利益をも
たらすのかといえば、どちらかといえば集団
の役に立ち集団に利益をもたらすことが重視
される傾向にはあるだろうし、それが企業で
あれ政党であれ行政機関であれ、何らかのシ
ステムを通じてそのような組織形態の役に立
ち利益をもたらすようなことが優先的に行わ
れている実態があるのだろうし、例えば消費
者の役に立ち消費者に利益をもたらすような
商品やサービスが企業から提供されていると
すれば、それは同時にそれを提供している企
業の役に立ち企業に利益をもたらすような商
品でありサービスであることは言うまでもな
く、また行政機関が行なっている何らかの行
政サービスがあるとしても、それが住民の役
に立ち住民に利益をもたらすと宣伝されると
しても、一方ではそれが行政機関の役に立ち
行政機関の利益となることを行政機関が行わ
ないはずがないだろうし、それは政党の政治
宣伝にも言えることかもしれず、国民の役に
立ち国民に利益をもたらすということがメデ
ィアを通して宣伝されているとしても、そう
いう宣伝によってその政党が国民に支持され
ているとすれば、まずはそのような政治宣伝
がその政党の役に立ち政党に利益をもたらし
ていることにもなるし、またそれが実態を伴
わない宣伝でしかなければ、国民の役に立っ
ているわけでもないし国民に利益をもたらし
ているわけでもない実態が政治宣伝によって
ごまかされていることにもなるわけだが、そ
ういう意味でそれがどこから発せられている
にしても、宣伝の類いには必ず一方的に宣伝
する側に都合のいい内容が含まれているわけ
で、その一方で宣伝する側に都合の悪い実態
にはあえて触れようとしないだろうし、そし
てそれが宣伝であるならまだしも報道の場で
そのようなことが行われている実態があると
すると、では報道とは何なのかと問わざるを
得なくなるかもしれないが、たぶん報道と宣
伝の境界は曖昧なのだろうし、メディアも集
団的な組織形態である限りは、その集団自体
の役に立ったり集団に利益をもたらすような
報道を行ないたいのではないか。またそうし
たところで区別をはっきりとつけるようなこ
とをしたら、資本主義経済の中では企業形態
としてメディア自体が成り立たなくなってく
るのかもしれず、結局はそのメディアの商売
対象である消費者に疑いを持たれないような
報道を心がけるぐらいしかやりようがなく、
そういうところで資本主義的な利益の追求と
いう目的が揺らいでくるわけで、たとえ資本
主義経済の中で企業形態を維持しているとし
ても、単純な利益追求原理だけではやってい
けない事情が生じてくるのだろうし、そこで
様々な勢力の間で価値観や論理を戦わせて葛
藤が起こっていることに気づかないと、何か
単純明快なフィクションを信じればそれで済
むような幻想を抱いてしまうのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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