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彼の声 2017.11.23 「公共のシステム」

2017/11/23

 例えば大きな一つのシステムを作るのでは
なく、複数の小さなシステムを作れば非効率
だが権力を分散させることができるだろうか。
たぶん実際はそうではなく、身の丈に合った
システムが必要なのだろうが、実際にも構築
可能なシステムが作られている実態があり、
予算的にも労力的にも構築可能なシステムが
人工的に作られている一方で、様々な紆余曲
折を経て自然に成り立っているようなシステ
ムもあるということであり、そのようなシス
テムの中で人が役職や役割を担う上で組織的
な権力関係が生じているわけで、役職や役割
を担っている人になんらかの権限が割り振ら
れて、実際にその人の裁量で何かを行なって
いることになるのだろうが、全体として一定
の動作を伴っていればそれがシステムとして
成り立っているわけだ。そしてそのシステム
の動作によって利益を得るのが必ずしもシス
テムの対象となる人々でなくても構わない場
合もあるわけで、要するにシステムを構築し
たり建設する人や団体に利益をもたらす一方
で、システムの利用者には利益がもたらせな
くても構わない場合があり、その結果として
システムが上手く動作しないで廃れてしまっ
ても、その構築や建設に携わる人や団体に利
益がもたらされるなら、かえって上手く動作
しないで廃れてしまった方が、また一からシ
ステムを構築する機会を得られるわけで、上
手くいかないシステムを作っては壊し、壊し
ては作るという動作を繰り返していれば、そ
の構築や建設に携わる人や団体に定期的に利
益がもたらされるわけで、ではその構築や建
設のための資金がどこから出ているのかとい
えば、それが公共のシステムなら国家財政か
ら賄われるわけで、そうやってシステムの利
用者にとっては無駄で無意味な公共投資がと
めどなく行われている事例もあるのではない
か。そしてある意味ではそれもシステムと言
えるのかもしれず、実際に公的な資金を使っ
て何らかの施設や建築物をひたすら作るシス
テムが発動していると言えるわけで、それに
よって土木や建設業者などが潤うシステムな
のではないか。ただそれも公的な資金で賄わ
れる限りで行われることであり、財政的な制
約があることは確かで、予算の範囲内で実行
することが可能であるから行われているわけ
で、別に不可能なことが行われているわけで
はなく、無駄に予算が使われているというよ
りは土木や建設業者を潤すために使われてい
ると捉えるしかなく、そうやって作った施設
や建造物などが大して一般の人々の役に立っ
ていないとしても、その建設に携わった人や
団体にとっては利益が得られたわけで、それ
らの人や団体にとってはそれなりに役に立っ
たわけだ。そうしたシステムも含めて世の中
では様々なシステムが動作しているわけなの
だろうが、そういうところで暗躍している政
治勢力が権力を行使するための口実というの
が民意であり、彼らは民意という世論の後ろ
盾を得ながら公共のシステムに関わって、そ
れらを制御するために権力を行使するのだろ
うし、そのような権力の行使が必ずしもあか
らさまな金銭的な利益に直結しているわけで
はないにしても、それらの勢力と連携関係に
ある業界に利益をもたらしているとすれば、
政治勢力と連携している産業界とはウィンウ
ィンの関係にあると言えるだろうし、それを
支持している一般の人々も何らかの利益を得
ているつもりならそれで構わないわけだが、
利益に直結していないだけに一般人のレベル
ではあまりはっきりしたことはわからないの
ではないか。

 それでも建前として公共のシステムは公共
の領域で役立つために構築されようとするわ
けだが、実質的には公共機関の予算確保のた
めの口実に使われてしまう場合があるわけで、
またそこに介入してくる政治勢力は連携して
いる産業界のために予算を使おうとするのだ
ろうし、結局そこに関わってくる政官財を代
表する勢力の事情が優先されることになるの
だろうが、それでも公共の福祉が優先される
べきという建前だろうし、それが選挙に勝利
して政治の場で主導権を握った勢力が権力を
行使する口実となるわけだが、実際にそれを
口実にして国民のための政策を推進している
はずなのだろうし、それなりに世論を支持を
得られているはずなのだろうが、その国民や
国家のための政策というのが漠然としていて、
具体的に誰のために行なっているかが曖昧と
なってしまうのかもしれず、その政策による
具体的な成果が強調されるとしても、成果自
体が誰にとっての成果なのかもよくわからな
いわけで、それを批判しようと思えばいくら
でも批判できるような政策の内容であること
は確かかもしれないが、行政や政党の側で政
策を立案して議会での審議を経てそのような
政策が実行される段になると、実質的にそれ
が行政機構や政党やそれと連携している産業
界のために行われる政策となるにしても、国
民や国家のための政策という建前が漠然とし
ていて捉えどころがないことには変わりなく、
実際には国民の中でも各人がそれぞれで利害
が異なっていて、国家と言ってもその中の各
地域でもそれぞれに利害が異なるだろうし、
そういう建前自体に虚構の部分が少なからず
あるのかもしれず、政治勢力が権力の行使に
使う口実が虚構であるとしたら、ではそれを
支持する世論は何らかの実態を反映している
のかといえば、それも世論調査や選挙結果か
ら導き出される統計的な出力結果なのであっ
て、各人が思っていることや願っていること
がそれらの統計的な集計結果と必ずしも同じ
でなくても何ら不思議ではないわけで、それ
でもそれらの結果に同調しようと思えばでき
るだろうし、実際にそれらの結果から導き出
される世論と同意見だと思い込んでいるつも
りの人も結構いるのではないか。それは統計
的な出力から得られる世論が人々の意見の最
大公約数のような役割を演じるからであり、
その最大公約数的な世論が世の中の集団意識
を反映しているとしても、実際にそのような
世論に後押しされて政治的な主導権を握った
勢力が行うことが、世論と同意見だと思い込
んでいる人の役に立つとは限らないわけで、
この場合は役に立つということと支持するこ
とは違うわけで、役に立っているとは思えな
くても他の様々な事情から支持している人も
いるだろうし、また実際に役に立つことと役
に立っていると思えることとはやはり違い、
政策が国民や国家の役に立っていると宣伝さ
れればそう思ってしまう人も出てくるわけで、
その辺を正確に捉えている人は少数派だろう
し、その少数派に入る人たちがそれらの政治
勢力の政策を批判している場合が多いわけで、
その一方で多数派といえば世論に反映される
最大公約数的な意見に同調するような人ばか
りだろうし、そんなわけで実際に政治の場で
主導権を握っている勢力が行なっている政策
が国民や国家のために役立っていると宣伝さ
れてはいるのだろうが、それが多数派に入る
人たちによって具体的に詳しく検証されてい
るかというと、検証している人や団体はそう
ではないとして政策を批判するわけだが、批
判している人たちは少数派であり、その批判
が多数意見としての世論に反映されるかとい
うとそうでもないことの方が多いのではない
か。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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