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彼の声

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彼の声 2017.11.19 「個人の主体性と社会的な事情」

2017/11/19

 いつの時代でも人が求めているのは主体性
であるのかもしれず、主体的に活動したいわ
けだが、それは依存している物事から目を背
けることによって成り立つ活動形態なのかも
しれないし、できれば自らが何に依存しなが
ら活動しているのかをはっきりと自覚した方
がいいのだろうが、それが難しいから依存し
ている物事によって活動を規制され制限され
ていることに気づけないわけだ。社会の中で
はそれが慣習であり制度であり機械なのかも
しれないが、それらが組み合わさって何らか
のシステムを構成しているとすると、いった
ん身も心もそのようなシステムに組み込まれ
てしまうと、システム内で働いている論理や
そこで成り立っている価値観が全てとなって
しまい、それ以外の論理や価値観はなかなか
受け入れ難くなってくるのかもしれないし、
そんなところからシステムの内と外で生じて
いる差異を巡って、何らかの軋轢や対立や衝
突などの争い事が起こるのだろうか。だから
といってそれを未然に防ごうとする必要もな
いのかもしれないし、争いが起こったらそこ
で交渉して妥協を図ればいいことでしかなく、
交渉を通して対立し合う論理や価値観の差を
縮めていくしかないのであり、絶えずそんな
ことを繰り返しながら物事を前進させていく
しかなく、それを拒否すればただ対立が深ま
るばかりで、交渉のハードルもだんだんと上
がっていってしまい、しまいには武力衝突な
どの暴力の行使へと発展していくしかないの
ではないか。だから可能な限り社会で作動し
ている様々なシステムの間で対立や軋轢など
が起こったら、そこで生じている差異を埋め
るには互いが交渉して妥協点を探り合わなけ
ればならないわけで、そんなことを絶えず繰
り返しながら事態の進展を図っていくしかな
く、そうすることによって状況の停滞を打破
する成り行きへと導かれるのではないか。ま
たもしそうならなくてもしまいには武力衝突
へと導かれてしまうのだから、それによって
も何らかの事態の進展が起こるわけで、どち
らにしてもそこで対立や軋轢をもたらすよう
なシステムを両立させるのは困難なのかもし
れず、何らかの平衡状態や小康状態を経由す
るにしても、いずれは何らかの事態の進展が
起こるのであり、そのような状況の中での人
の活動は対立し合う双方の間で交渉を行うか、
それともそれを拒否してより一層の対立を煽
り立てるのかのどちらかとなる可能性があり、
対立し合う両陣営のどちらかについていると
否応なくそんな事態に巻き込まれるのかもし
れないし、たとえそこで自らが主体的に活動
しているように思えるとしても、実態として
はその場の対立という状態に依存しているこ
とは間違いなく、そこで交渉して妥協を図ろ
うとするにしてもそれを拒否して対立を煽り
立てようとするにしても、自らの力でそんな
ことをやっているというよりは、対立から生
じる論理や価値観の違いを利用することで力
を得ているわけだから、いったん何かのきっ
かけで対立が解消して差異がなくなってしま
えば、その人が主体的に行っていると思い込
んでいる活動も急速に衰えて無意味なものと
なってしまうのではないか。

 そういう意味で人の活動から得られる主体
性というものには、その人が巻き込まれてい
る状況から生じる場の強度に依存している面
があるわけで、何かそこで対立や軋轢が生じ
ていて、それに対処しなければならない事態
に直面していると、そこに積極的に加担しよ
うとするほど主体的に何かをやっている実感
を得られるのかもしれず、逆にそれを避けて
関わらないようにするほど消極的な自己保身
への度合いが強まり、現状で働いているシス
テムへの依存度も強まって、システムの構成
要素である慣習や制度や機械の動作に追従し
ようとするのだろうし、それでうまくいって
いるように思われるほど自らが組み込まれて
いるそのようなシステムから抜け出ようとは
しなくなるのかもしれないし、そのようなシ
ステムへの依存体質の人が多いほどシステム
の安定性がより強まるのかもしれないが、そ
のようなシステムを内蔵した機械製品やサー
ビスを売りにしている企業からすれば、それ
への依存体質の人が増えるほど利益も増える
のだろうが、企業には別の競争相手がいるわ
けで、それが企業なら企業同士の競争となる
わけだが、それが企業ではなく個人なら競争
は成り立たず、個人が絶えず主体的な活動を
求めて依存体質から脱却しようとすると、そ
ういう人が多いほどそれへの依存を伴うよう
な製品やサービスが廃れることにもなるのか
もしれないが、それもその時の経済情勢にも
よるだろうし、製品やサービスを買う余裕が
あってそれに魅力を感じられれば買うだろう
し、金銭的に買う余裕がなければ買いたくて
も買えないわけだから、企業がいくら商品の
宣伝に力を入れても売れないわけだ。またそ
れが企業ではなく行政機関が介在する何らか
のシステムであれば、住民に選択権はなく強
制的にシステムに組み込まれるような事態と
もなるのかもしれないが、それが嫌なら政治
を利用してシステムそのものを廃止させるか
改変させるかできる可能性があるわけだが、
それをやるには住民の代表を議会に送り込ま
なければならず、議会で廃止や改正の法案が
通れば住民の意向も通ったことにはなるだろ
うが、そのような手続きを実際に行うには多
大な労力を要するのだろうし、革新勢力がよ
く言うように草の根レベルの市民運動を下か
ら盛り上げてゆかなければならないわけで、
そのような運動を阻むものが世の中に張り巡
らされている様々な制度や慣習がもたらす心
身への拘束や、それへの住民の依存体質なの
かもしれないが、結局そこでも依存体質の住
民への説得や運動を妨害してくる様々な政治
勢力と交渉して妥協点を模索していくことし
かできないのだろうし、交渉なしには何事も
前進しないわけだろうが、果たしてそのよう
な説得や交渉などの運動の主体として政党が
その役割を担えるかというと、そのような活
動を目指す住民にとっては担ってもらわない
と議会を利用した民主的な手続きの段階で行
き詰ってしまうのかもしれないが、政党には
住民よりも優先順位の高い各種の圧力団体が
関わっていて、そのような団体の組織票に選
挙の時には頼っているとすれば、住民の声が
政党に届くことはないのかもしれないし、何
の後ろ盾も名声もない個人の要望に答えるほ
どの余裕も余地もありはしないのかもしれな
い。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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