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彼の声 2017.11.15 「慣習と制度と機械の関係」

2017/11/15

 世の中で人の意志以外で人をコントロール
する社会的な要因としては、慣習と制度と機
械があるように思われるが、その三者も密接
に結びついて互いに影響を及ぼし合っている
ことは確かで、例えば機械である自動車が社
会に普及するにつれて道が車道と歩道とに分
かれるような変化が生じて、人と車との間で
交通に関するルールが定められて、それが制
度として広く世の中に定着して道路上で人と
車の通行をコントロールしているわけだが、
自動車を運転している時には制度としては明
確に定められてはいないものの、他の車の流
れに反して律儀に制限速度を守っているよう
な他人の運転が腹立たしく思われるとしたら、
それは少しぐらい制限速度を超えてもその場
の車の流れに同調するという慣習に反してい
るから腹が立ってくるわけで、そういう時に
は車の運転者の意識が慣習にコントロールさ
れていることになるわけだが、車の運転その
ものは運転ハンドルやアクセルペダルやブレ
ーキペダルなどの操作に関して機械が規定し
ている動作範囲から外れて制御することはで
きないわけだから、そこでは人が機械の動作
に従わざるを得ないわけで、機械を制御して
いるつもりでも決められた手順に則って決め
られた動きしか許されないわけだから、そう
いう水準では人が機械にコントロールされて
いると言えるのではないか。そんなわけでも
ともとは人が作り上げた機械であり人が整備
した道路であり人が制定した制度であり慣習
という人と人との間での暗黙の了解事項であ
っても、それらがひとたび社会の中で定着す
ると今度はそれが人の行動を規制し制御する
ようになるわけで、その慣習と制度と機械が
絡み合ったシステムとして人をその中に組み
込んで動作していると言えるのかもしれない
が、そんな中でも技術革新によって機械の動
作が変われば、それに対応して制度も慣習も
変わる可能性もあるわけで、それに関して車
でいうなら自動運転技術が世の中に普及して
しまえば、いちいち他人の運転が腹立たしく
思われることはなくなるだろうし、自動運転
していれば人が交通ルールを守っているので
はなく機械がルール通りに動いているだけで、
制度によって人がコントロールされているわ
けではなくなってしまい、制度自体も自動運
転に対応して何らかの変更が加えられるだろ
うし、そうなると機械によって制度も慣習も
変わったことになるのではないか。またそれ
はある意味では社会変革と言えるのかもしれ
ず、もちろんそれを社会変革と呼ぶことに対
しては多くの人が抵抗を感じるだろうし、何
か市民の政治的な運動によって世の中の仕組
みを変えていこうとする理想からはかけ離れ
たことだろうし、別にそれが社会変革だなど
と強弁する必要はないわけだが、機械の技術
革新が世の中の制度や慣習を変えるかもしれ
ない例としては、そんなことも想像はできる
のではないか。

 また例えば携帯電話が普及しだしてからは、
機械が発する電磁波が人体や医療機器に悪影
響を及ぼすから病院内での使用が禁止された
り、話し相手の見えない一方的な会話が耳障
りだから電車やバスなどの公共の乗り物内で
携帯電話を使うのがマナー違反とされたり、
車の運転中に使用するのも注意力が散漫にな
って事故の原因となるから禁止されたりと、
新たな制度的な規制やマナーという慣習的な
制限を加えたりすることによって、機械の技
術革新から制度や慣習の方を守る措置が施さ
れる例もあるわけだが、そういう具体的な日
常レベルでの慣習や制度や機械の絡み合いに
ついてはそれほど抵抗感なく認識できるし、
それに従うにしろ逆らうにしろ従う理由も逆
らう理由も明確にわかるのだが、人が意識で
きないコントロールがあるのかとなると、そ
ういう作用があるとしてもにわかには信じが
たいだろうし、それを突き止めて指摘しよう
としても何か漠然としていて、はっきりとは
示せない事態に直面してしまうのではないか。
たぶんそれが政治的な領域であり、そういう
領域では機械も単に会話する目的で使用する
携帯電話や運転する目的で使用する自動車で
はなく、会話を通して相手をコントロールす
る思惑があったり、運転する目的というより
は商品として買わせようとする思惑があった
り、そうなると機械の用途や動作だけで説明
できるような単純な目的ではなくなるわけで、
それに関わってくる制度や慣習も多面的な絡
み合いが生じてくるのだろうが、逆にそこか
ら単純な要素だけを抽出して強調されると、
何か理解できるような気になってそのような
強調とともに主張される宣伝や煽動を信じて
しまうわけで、そこで生じている制度や慣習
の多面的な絡み合いに気づけなくなってしま
うわけだ。少なくともそういうところでわか
るのは物事を単純化して宣伝や煽動に活用し
ようとする側の思惑であり、そこで生じてい
る制度や慣習の多面的な絡み合いを意識させ
ないようにするために、物事を単純化してわ
かりやすく語ろうとしているわけで、意識し
ようとしてもその絡み合いが複雑すぎて意識
できないから単純化しているとも言えるわけ
だが、その単純化の傾向にそれを主張する側
の恣意的な思惑が潜んでいることは言うまで
もなく、例えば社会的に名声のある著名人が
何か不祥事を起こすようなことがあれば、そ
の人が就いている役職を辞任しろとか引退し
ろとか声高に叫ぶ煽動者がいるとすれば、そ
の煽動者の思惑は役職を辞任させたり引退さ
せることによってその人の影響力を社会から
取り除くことにあるのはわかりきったことだ
ろうし、それと同時にその役職に就いている
人が不祥事を起こす背景となる世の中の制度
や慣習の複雑な絡み合いから目を背けること
にもなるわけで、そうなるとそういう役職に
就いている人の不祥事が繰り返される度に、
その人の首と引き換えにして不祥事が繰り返
させるようないかがわしい制度や慣習が温存
されることになるわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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