文学

彼の声

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彼の声 2017.10.26 「離脱」

2017/10/26

 産業技術は物を作っている現場と企業を経
営している場が背理してくると廃れる傾向に
あるのかもしれず、それは製品を売ることか
らサービスを売ることへと経営の重心がシフ
トしていくにつれて、物作りがおろそかにな
っていくと考えればわかりやすいのかもしれ
ないが、単純にそう断定することはできず、
製品を作ること自体が物としての原料の調達
と製造技術としての情報の活用とサービスと
しての労働などの組み合わせからなるわけだ
から、システムとしてそれらが有効に機能し
ていればそれなりにちゃんとした製品が出来
上がるわけだが、わかりやく言えば何らかの
不具合が原因でそれが機能しなくなると物作
りがうまくいかなくなるわけで、その不具合
というのがシステムの構造上の欠陥ならをそ
れを修正すればいいのだろうが、それ以外の
わけがわからない何かが不具合をもたらして
いるとすると、それを発見して取り除かない
限りは問題は解決しないだろうか。だがそれ
が問題という認識にさえ至らないとすると手
の打ちようがなくなってしまうのかもしれず、
そうなると何だかわからないまま次第に物作
りがうまくいかなくなってきて、それに依存
する産業が衰退していってしまう成り行きと
なるだろうか。それに関してよく言われるの
がサービスとしての労働の質の劣化が起こる
と製品の歩留まりが悪化してくるわけだろう
が、労働者のメンタルな面での荒廃が進むと、
いくら厳しく教育してもうまくいかなくなる
だろうし、労働者が労働に対して生きがいを
得られないような状況ともなれば士気が上が
らず、結局はそれは現場で働く労働者とそれ
を管理する立場の従業員との格差に起因する
場合もあるのかもしれないが、現代の産業状
況ではやはりそんな単純なシステムの構造と
なっているわけでもないだろうし、それより
は社会の全体から醸し出されるイメージとし
て物作りに携わる人々が主役ではないことは
明らかであり、そんなことは昔からそうなの
かもしれないが、昔よりはその格差がはっき
りとしてきたのかもしれず、それはメディア
の発達による影響も大きいのかもしれないが、
労働に対して幻想を抱けないわけで、労働よ
りも他のことに気を取られていた方が現状に
対する幻滅を忘れていられるだろうし、例え
ば気晴らしにネット端末の画面でも眺めなが
ら操作していた方が楽な気分になれるのでは
ないか。そんなわけで格差社会の中で暮らし
ていくにはネット端末が必需品となってくる
のかもしれないが、ネット端末上で繰り広げ
られる動画のクリエーターと呼ばれる人々が
やっていることも、ある意味では物作りの一
種なのだろうが、その再生回数の多い動画ほ
ど知性や理性などを必要としないたわいない
ものが大半となることは言うまでもなく、そ
れが世の中の荒廃を物語っているのか、ある
いは気晴らしの暇つぶしなのだからそれで構
わないのかは何とも言えないところかもしれ
ないが、動画のクリエーターもそれを暇つぶ
しで見ている労働者もたわいないことを必死
でやらざるを得ない状況は変わらないのかも
しれない。

 格差といえばCEOと呼ばれる企業経営者
がメディア上で脚光を浴びる一方で、一般の
労働者が無視されるのは当然のことかもしれ
ないが、そういうこととは違う次元で何かが
起こっているのかもしれず、もしかしたら企
業経営者も一般の労働者も共にたわいないこ
としかできなくなっているのかもしれず、社
会を管理する制度がそれ以上のことをやらせ
てくれない仕組みとなっていて、そもそもそ
れ以上のことをやる必要がなくなっているの
かもしれない。それはもちろん政治的な指導
者全般にも言えることかもしれないが、それ
をどうしても認め難い反体制派の人々は必死
の形相で深刻ぶって危機感ばかりを煽ってし
まうのだろうが、それは世界の中で繁栄して
いる地域ではすでに衰退が始まっている証拠
かもしれず、それが製品を売ることよりもサ
ービスを売ることが重視される状況にも表れ
ていて、しかもそのサービスがネット端末を
経由してたわいない動画を見させたり、たわ
いない会話を楽しむサービスだったりするわ
けで、そんな状況の中で人々が受け取る情報
というのが、何かを真剣に考えさせるような
情報ではなく、ひたすら暇つぶしに楽しむよ
うなたわいない情報が大半であったりするわ
けで、それらが深刻な社会問題を忘れさせる
ような効果を及ぼしているのだろうし、それ
を深刻な社会問題だとは思わなくても済んで
しまうような状況をもたらしているのではな
いか。だからと言ってそんな傾向を押しとど
めることなどできはしないだろうし、人々は
それを楽しむことしかできないような成り行
きに巻き込まれていて、実際にそんな状況を
楽しんでいること自体がメンタル面での荒廃
だとは思えないだろうし、精神の荒廃とは何
かもっと深刻で絶望的な状況だと思いたいの
だろうが、実際にそれを体験してみたらそう
でもないことに気づけないばかりか、逆にそ
れに目覚めて危機感を煽っている人々が不快
に思われてしまうわけで、それらの人々との
間に理解しがたい溝が生じてしまっているこ
とが、こちらに非があるからそうなってしま
ったとは到底認められないだろうし、別にど
ちらに非があるわけでもなく、それが世の中
の繁栄とともにもたらされる弊害なのだろう
から、それを肯定したり否定したりしても仕
方のないことなのかも知れない。ただ必死の
形相で危機感を煽っている人々がいることは
確かで、実際にそういう人々が感じ取ってい
る危機感を共有しがたいとしても、そんな危
機感をもたらしている状況の中で自分たちが
生きていることは確かなのだろうし、そんな
時代に絡め取られていることを自覚しようと、
それ以上のことができなければ現状の中で右
往左往するしかないわけで、できることはそ
れ以上のことではないわけで、できないこと
をやる必要はないわけだ。ではそれ以外で何
をやればいいのかというと、それは人それぞ
れで違うのではないか。要するに世の中の流
行に惑わされて他人と同じようなことをやら
なくても、普通に暮らしていけるように工夫
しなければならないのかもしれず、結局人は
現状の中で絶えず工夫を凝らさないと現状の
中に現状のままとどまるしかないということ
だろうか。そして工夫を凝らせば産業技術の
進歩という過去の幻想にも立ち返ることがで
きるのだろうか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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