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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.10.22 「未来への希望」

2017/10/22

 製品やサービスは実際に使ってみて良いか
悪いかを判断するのが当たり前のことなのだ
ろうが、一方で良いか悪いかではなく、まあ
こんなものだと妥協してしまう場合もあるわ
けで、別にそれを仕方なく使っているわけで
はないとしても、他の事情でそれを使うこと
についてあまりこだわりを追求したくない時
には、いつまでも良いか悪いかの判断を保留
したまま使い続けている場合もあるだろうし、
そういう曖昧な面を保持できるようならそれ
だけ心に余裕があり、多少の使い勝手の悪さ
など気にしなくても済んでしまうわけだが、
逆に物事に対するこだわりが切実に感じられ
るほど、そのような妥協的な態度が許せなく
なるのかもしれず、また何かにこだわれるの
はこだわれるだけの力があるということにも
なるのかもしれず、何らかの妥協を強いるよ
うな同調圧力を跳ね返せる力があるというこ
とにもなるのだろうが、何を妥協して何を妥
協しないかについては、その人が抱え込んで
いる固有の事情にもよるのだろうが、そこに
社会的な慣習が絡んでくると、妥協しても良
いことと妥協してはだめなことに関して、共
通の基準のようなものが構成されてくるのか
もしれず、やはりそれが同調圧力となって社
会の構成員の行動や言動を規制してくるのだ
ろうが、果たしてその社会で主導権を握って
いるように思われる何らかの勢力が、自分た
ちにとって都合の良い規範の類いを他の構成
員に強いることがどれほどの程度で可能なの
だろうか。またそのような同調圧力がどの程
度の強度で社会を覆っているのかも、あまり
はっきりとはわからないところかもしれない
が、そこで何か狂信的なことをやろうとする
勢力が台頭してくると、やはりそういう人た
ちの行動や言動が異常に思われてくるのは当
然であり、そんな勢力が社会の中で主導権を
握ろうとしているように思われれば、何か深
刻な事態の到来を予感させるだろうか。少な
くとも気づかないうちにそうなってしまうわ
けではなく、誰もが薄々感づいているはずで、
一方で関わりたくはないから見て見ぬふりを
決め込む場合が多いのかもしれず、それはお
かしいのではないかとはっきりと表明できな
い人が世の中の多数派を占めている場合は、
そんな狂信的な勢力に社会の主導権を握られ
てしまう事態が到来するのだろうか。そうい
う可能性があるというだけで、実際にそうな
るかどうかはそうなってみないことにはわか
らないことだろうが、普通に考えるならおか
しいと思ったら違和感や疑念などを表明する
のが当然の対応だろうし、それを怠らない人
が確実に一定数いれば、多くの人がそれなり
に妥協や同調などには屈しないでいられるの
かもしれないが、現実にはそれとは少し違う
方面で誰もが想定しないような事態が進行中
なのだろうか。

 危惧の念の表明や危機感を煽る言動ならあ
りふれているかもしれないが、それとは違う
ところで進行中の事態とは、簡単に言えばそ
れはリアリティの希薄化なのかもしれず、情
報だけでなく物と人と情報との関わり合いの
中で得られる実感が希薄になってくると、物
事を単純化して解釈しても何とも思わなくな
って、物質的な粘り気を感じられなくなって
くると、良いか悪いかの単純な判断からずれ
てくる部分を感知できなくなってくるのでは
ないか。そうなると意識は単純な論理への狂
信へと至り、物事の幅や奥行きを省略して白
黒をはっきりさせようとしてくるわけで、単
純な決めつけで何もかもをごり押ししようと
するのだろうが、たぶんそんなことをやって
いくうちにそれでは済まなくなってくればい
いのだろうが、実際にそうなってしまうから
世界情勢が混沌としているわけで、その混沌
とした世界情勢を視界から排除できる限りで
成り立つ態度というのが、ごり押し的な決め
つけで状況を乗り切ろうとする姿勢なのかも
しれない。そして平和な社会ではそれで成り
立っている部分が社会の中に確実にあって、
何らかの制度や慣習がそんな態度を支えてい
て、そんな姿勢を保っていられるように制度
を支える裏方がそれなりに段取りをつけてく
れるわけだろうが、それが無理になってきた
時にどうなるかが今のところはよくわからな
いのだろうし、とりあえず破綻しない程度に
は取り繕っている現状があって、それがいつ
までもつかはわからないものの、もっている
限りでそれを続けようとしているのだろうし、
何とか威張れる範囲内でごり押し的な姿勢を
維持しながら体面を保っているわけだ。体面
を保てない部分に関しては嘘やごまかしで塗
り固めるしかないのかもしれないが、それを
許すか許さないかは世間が決めることになる
だろうか。世間そのものが嘘やごまかしで成
り立っている面もあるわけだから、許される
範囲内で許されるしかないのだろうが、その
一方で威張ったりあからさまなごり押しをや
って被害を被っている部分についてはどの程
度許されるのだろうか。それもその場の情勢
に左右されるのかもしれないが、それらの許
容限度が一方的に低くなったり高くなったり
することはないのかもしれず、ある面では許
されて別の面では許されない事態も起こりう
るだろうし、それに一貫性が感じられない場
合はやはり世界情勢と同じように世の中が混
沌とした状況となるだろうし、そうなればご
り押しが維持できなくなるとともにいやでも
物質的な粘り気や湿り気を感じざるを得なく
なって、その結果としてこの世界のリアルな
物質性が復権してくるのかもしれないが、人
の精神がそれにどれほど耐えられるかどうか
はよくわからないだろうし、ごり押しが通用
しなくなった状況の中でどんな政治的な態度
が可能となるのかも、その場での試行錯誤に
委ねられることとなりそうだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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