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彼の声 2017.10.16 「制度に対応した行為」

2017/10/16

 制度的に決められていることと、組織の中
で担当者の裁量で融通が利く範囲で行われる
こととの間で食い違いが生じることは、制度
の硬直化を緩めるためにも必要となる場合も
あり、そんなふうにして制度の柔軟で弾力的
な運用を行えば、制度そのものが含んでいる
ある種の不条理を減じるような効果をもたら
せるのかもしれない。だがその柔軟で弾力的
な運用が制度を悪用していると見なされると、
職権を乱用しているような疑いをかけられて、
場合によっては処罰の対象となってしまうの
かもしれないし、そのような行為が良く見ら
れるか悪く見られるかは、そのような行為の
結果がどうなるかにもよるだろうが、そうい
う意味で制度的に決められることは大雑把な
枠組みにとどめられるべきなのかもしれず、
細かい点まで詳細に決めてしまうと運用の面
で融通が利かなくなってしまい、かえってそ
の硬直化を伴うような弊害が顕在化してきて
しまい、その矛盾や不都合な点を突いて制度
から外れるような行為が世の中に蔓延して常
態化してしまうと、制度そのものが形骸化し
てしまうし、制度を用いて社会を統治しよう
とする試み自体が破綻してしまうのではない
か。そういう意味で法律などの決まりごとを
改定して制度の変革を目指す際には、その運
用を想定する上で細心の注意を払わなければ
ならないし、制度を利用して権力を行使する
側に何らかの制限を設けることも重要なのか
もしれないが、制度自体に絶対的な権威を与
えないことも重要で、何よりも制度を絶対視
するような教条主義に陥らせないための工夫
が求められているのかもしれず、原則的には
民衆が制度に従わなければならない面が強調
されるにしても、制度への服従の強要は避け
られるべきで、そういう部分で権力を行使す
る側にも行使される側にも、知性や理性を働
かせる余地が生じるような制度にする必要が
あるとすれば、少なくともただ制度に従って
さえいれば、他のことはおろそかにしても構
わないような制度にはすべきではないだろう
し、制度を利用することによって、世の中で
行われている様々な行為や活動に伴って生じ
る齟齬や軋轢が完全に解消するとまではいか
ないものの、対立し敵対し合う双方の間で一
定の妥協が図られる程度には活用できること
が望ましいのではないか。そのような調停や
調整を目指すのが制度の運用としては妥当な
線だと言えるのかもしれず、一方からもう一
方への有無を言わせぬ強制的な権力の行使は
避けられるべきで、最低限でも双方の間での
交渉の余地が残されていた方が、それだけ妥
協できる可能性も生まれるのではないか。

 人が個人でも集団でも何らかの行為に及ぶ
時には、そういうことが行われるそれなりの
成り行きが世の中に生じているわけで、それ
を世の中の状況がもたらしているわけだろう
し、そこにそのような行為を行なえる可能性
が生じているわけだから、そうなっている限
りで制度やその制度を規定している法律の類
いには、そのような行為をやめさせることは
できず、やってしまった後からそれが違法行
為だと見なされると、制度の保全を旨とする
警察権力などによって取り締まりの対象とな
ってしまうわけだが、それ以前に法律が禁止
している行為は、大抵は行うことができる行
為なのだろうし、その良し悪しはともかく実
際に世の中で行われていて、そのような行為
が何らかの被害や損害をもたらしているから
禁止されているわけだろうが、現実にそんな
ことが行われている実態があるとすると、そ
のような被害や損害を巡って訴訟沙汰が起き
ているのはもちろんのこと、人々を被害や損
害から守るような行為も行われていて、また
被害や損害に遭ってしまったらそれを償うよ
うな行為も行われていて、さらに場合によっ
ては被害や損害を伴うような行為に及ぶのを
未然に防ぐような試みも行われているわけで、
それら全てが法律によって規定されているわ
けではなく、中には金銭的な契約であったり、
また善意から生じるような無償の行為であっ
たりすることもあるだろうし、制度による管
理の網目では捉えきれないような行為まで含
めて、世の中では様々なことが様々な対象や
行為に対応する形で行われているわけだろう
が、法律やそれが規定している制度が、社会
の成熟が進むにつれて次第に形骸化してゆき、
形骸化の進行とともに次第に禁止事項も減っ
ていって、その分そこで暮らす市民に自由な
裁量が与えられるようになるという幻想がも
たらされるのが、理想主義的なリベラリズム
の行き着く先にある結論なのかもしれないが、
たぶんそんな能天気な幻想を抱いていた方が、
それを拒絶して性悪説的な立場を取るよりは
気楽になれるのかもしれず、実際に社会を管
理する上で至れり尽くせりの対応を目指して、
制度に伴って生じる様々な手続きが次第に複
雑化していくような傾向は、複雑すぎて人が
対応できなくなるような事態を生じさせるの
かもしれないし、それ自体が制度の形骸化を
物語っているのかもしれないが、いくらきめ
細かに法律を定めてその法律を守るように権
力を行使しようとしても、行使する側でも守
らせようとしている法律自体を把握できなく
なる可能性も出てくるわけで、要するに権力
を行使しようとする側とそれを受け入れさせ
ようとする側の両方から、形骸化は制度の複
雑化とともに進んでゆき、そんな形骸化の度
合いに応じて人々が自由に振る舞える領域も
次第に増えていく成り行きとなるだろうか。
それは単に人々の活動の複雑化をもたらすだ
けかもしれないし、意識の中で行為や行動の
多様化を自由の増大と取り違えているだけな
のかもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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