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彼の声 2017.10.11 「企業活動と法律」

2017/10/11

 企業活動を何らかの法律を用いて外部から
規制すると、それがゲームのルールのような
役目を果たして、それなりに企業活動で成り
立っている市場経済を政治的にコントロール
できる部分も出てくるだろうが、確かにルー
ルに違反する行為を取り締まることができる
わけだが、その反面ルールの範囲内で行われ
ることはコントロールできないわけで、例え
ばルールが想定していないような行為が出て
きて、それが社会に悪影響を及ぼす行為だと
みなされると、そのような行為を規制しよう
として法律を改正して、そのような事態に対
応しようとするのだろうが、そうなればなっ
たでまたさらにその法律の裏をかくような行
為が編み出されるかもしれないし、結局法律
を用いて経済をコントロールしようとする行
為はいつも後手に回らざるを得ないわけで、
それでもルールがあった方がないよりはマシ
だろうから、法律が一定の機能を果たしてい
ることは確かであり、法律が企業で働く労働
者や企業に投資する投資家を守っている面は
あるわけだ。もちろんそれはルールの範囲内
で守っているのであり、ルールが規定してい
ること以外の部分では守れないわけだから、
企業としては利益を上げるためにルールが規
定していない部分で新たなやり方を探求しよ
うとするわけで、それがルール違反に結びつ
かなければなおのこと都合がいいのだろうし、
他を出し抜いて利益を出すにはそういう部分
での探求が欠かせないのではないか。そして
そういう企業努力が必ずしも労働者や消費者
の利益には結びつかない面も出てくるだろう
し、実際に製造部門での機械化は職人気質の
熟練労働者の技術を不要とするような方向で
の技術革新をもたらしたわけで、また情報革
命以後のネット通販は営業的な手腕を必要と
した訪問販売業者にとっては大打撃だったの
だろうし、また消費者にとっても家で端末の
画面を見ながら商品を選択できて便利になっ
た反面、実際に小売店に出向いて商品に直に
触れて店員とコミュニケーションをとる機会
が減って、交渉や駆け引きの面での勘が鈍っ
てしまい、また画面のボタンを押すだけで簡
単に買えてしまうので、取り立てて欲しくも
ないものまで買ってしまうことが多くなって
きたのかもしれず、それがどちらにとって利
益となるのか不利益となるのかというよりは、
ただ商品の製造方式や販売方式や購入方式が
変わってきたということでしかないのかもし
れないが、そういところで工夫を凝らして利
益を得ようとするのが企業努力なのだろうし、
実際にそうやっていち早く新たな方式を適用
したおかげで利益を得られた企業もある反面、
旧来の方式にこだわって衰退した企業もある
のではないか。

 そういうところは外部からの政治的な操作
ではどうにもできない部分だろうし、例えば
コンピュータのハードウェアやソフトウェア
の進歩によって事務職員が大幅に削減される
ような事態となった時に、政治的に事務職員
を救済するわけにはいかなかったのだろうし、
いつの間にか企業から事務職員の数が減って
行ってしまったわけで、事務職をやっていた
従業員が他の部門に配置換えになったのかあ
るいはリストラされたかは、その企業内で判
断されるようなことだろうから、そこまで政
治が介入することはできないわけだ。また単
純に労働時間を規制できても労働の内容まで
は踏み込んで規制できない部分もあるだろう
し、肉体的に苦痛を伴う労働ならわかりやす
いが、精神的な苦痛を伴う労働はわかりにく
いし、何の苦痛も伴わなくても精神的な荒廃
をもたらす労働というのもあるだろうし、労
働そのものが不快感を伴うのはどんな労働で
も大なり小なりあって、それを我慢しながら
働かなければならないわけだから、それにど
こまで耐えられるかは個人差もあり、また同
じ内容の労働でも周囲の環境によって不快感
が増したり、それなりに耐えられたりするこ
ともあるわけだから、一概に規制で片付くよ
うなことでもなく、それで片付かないような
ところまでは法律では規制できないわけで、
企業の方でもなるべく従業員の心身に負担を
かけないようなシステムを採用すればいいの
だろうが、それ以前に優先させるのは収益を
上げて利益を出すことだろうし、場合によっ
ては心身ともに消耗した従業員を使い捨てに
しながら利益を出すような成り行きになって
いるとしたら、そういう企業はブラック企業
としてジャーナリズムや組合運動などから批
判の槍玉に挙げられることにもなるだろうが、
世の中がそういう企業を必要悪として必要と
するような成り行きになっているとすれば、
労働者を犠牲にしながらそんな企業の活動も
労働基準法違反などで摘発を受けながらも、
入れ替わり立ち替わり現れては消えるような
ことが繰り返されるのではないか。そういう
意味で法律というのは違反行為があることを
前提として存在するわけで、実際に違反行為
を摘発する役目の部署も設置されているわけ
だから、それは違反行為をなくすための法律
なのではなく、それを取り締まるための法律
だということは明らかであり、違反行為がな
くなってしまえば法律そのものが存在する必
要もないわけだ。またブラック企業は単独で
存在しているわけではなく、合法的な活動を
しているまともな企業が汚れ仕事をブラック
企業に押し付けている場合もあるわけで、そ
うであるならまともな企業にとってはブラッ
ク企業がなくなってしまっては困る面も出て
くるわけで、まさに必要悪としてのブラック
企業が汚れ仕事を請け負ってくれるから、ま
ともな企業の活動が成り立っている面もある
わけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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