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彼の声

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彼の声 2017.9.26 「過度を避ける対応」

2017/09/26

 人が個人でも集団でも活動する上で功利的
な動作以外には何が必要だろうか。たぶんそ
れはバランス感覚で、無理に利益を求めない
感覚なのかもしれないが、それがわかりにく
いところだろうし、そんなことはできない状
況の中で生きている人も大勢いるだろうし、
人によってはそんな生ぬるい感覚の持ち主を
出し抜いて利益を追求して成功する人もいる
のではないか。だからそれは時と場合によっ
ては否定されるべき中途半端な感覚だろうし、
それだけでは何の利益ももたらさないような
無意味な感覚なのかもしれない。それに単に
バランス感覚といっても、何と何のバランス
をとるのかよくわからないし、具体的に何を
どうしろとも支持されていなければ、やるこ
とがわからなくなって途方に暮れてしまうだ
ろうか。そんなわけで何でもないことなのか
もしれないが、その何でもないことが何でも
ないことだけに、行き過ぎた行為の歯止めに
なるのかもしれず、具体的にはやりすぎなこ
とをやっている人や集団に対して嫌悪感や不
快感を抱かせるのではないか。やりすぎなこ
とをやっている人や集団にはそんな自覚など
なく、実際にやりすぎた行為によって利益を
得ている場合は、自らそれをやめることなど
できないだろうし、やっていることに歯止め
がかからないわけだが、そういう行為に対し
て周りが嫌悪感や不快感を示すことが重要だ
ろうし、そうしないとやっている当人たちは
気づかないだろうし、そんな時に周りの人間
が嫌悪感や不快感を示せば、少なくとも自分
たちが周りから嫌われるようなことをやって
いるという自覚が芽生えるのではないか。そ
のような周囲からの心理的な圧力が、やりす
ぎた行為の歯止めにはなる可能性はあるだろ
うし、もちろん中には嫌われるのを承知でや
っている場合もあるわけで、そんな周りから
の同調圧力をはねのけてやりたい行為を貫く
ことに快感や達成感を覚える人たちもいるわ
けだから、そんな場合は大した効果もなく、
無駄に思われてしまうかもしれないが、とも
かく他人のやっていることが不快に思われた
ら、不快だという意思表示をしておく勇気は
持つべきだろうし、もちろんそんなことをや
って目をつけられて攻撃されたら、さらに嫌
な思いをするかもしれないし、それも程度の
問題でしかないのかもしれないが、できる範
囲内で不快な行為には何らかの形で抗議しな
いと、いつまでたっても不快感を味わうしか
ないのではないか。

 バランス感覚とは行為の相互作用から生じ
るものだろうし、その場の状況に応じて程度
や強度が違ってくるわけで、その場に作用を
及ぼしてくる相手との駆け引きそのものがバ
ランス感覚から生じて、その場の状況が破綻
しないように力の加減を調整したりする配慮
なのだろうし、場合によっては不利益を被る
ことも厭わずに、バランス感覚を保ちながら
その場を丸く収めなければならない場合も生
じてくるのではないか。丸く収まらない場合
は対立や紛争が起きるわけだが、起きてしま
ってからでも対処しなければならないのだろ
うし、対立しているどちらか一方につくよう
な愚は避けたいところで、それも功利的にど
ちらにつく方が利益になるかなんて考えてし
まうと、あとで手痛いしっぺ返しを食らう危
険性も出てくるだろうし、そこでもバランス
感覚が重要となってくるだろうし、別にどう
見ても非難されるようなことをやっている側
の味方になることはないのはもちろんのこと、
そのような勢力を懲らしめる側の味方になる
ことも、場合によっては避けなければならな
いのかもしれず、あまりにも一方に肩入れし
すぎると、どちらにも肩入れしていない第三
者から疑いの目で見られてしまうわけで、結
局対立や紛争につけ込んで漁夫の利を得よう
としているのではないかと疑われてしまうわ
けだ。実際にそうやって利益を得てしまうと、
懲らしめられた側から逆恨みされてしまう危
険性も出てくるわけで、それを避けるにはむ
しろ懲らしめる側からどっちつかずの優柔不
断な態度を責められるくらいがちょうどいい
わけで、下手に漁夫の利を得て恨みを買うよ
りは、対立や紛争からは利益など求めずに、
逆にある程度の被害を被ってしまうぐらいが
妥当なのではないか。要するに必要以上には
うまく立ち回らずに、分をわきまえた行動や
言動に徹する方が、周りからは好印象を得ら
れるだろうし、場合によっては自らの犠牲を
顧みずに懲らしめられている側を助けるよう
な行為も必要となってくるのかもしれず、そ
のことで懲らしめる側からの非難も甘んじて
受けるようでないと、その場を丸く収めるこ
とができない場合さえありそうで、そうなる
と一方から全面的な信用や信頼を得るよりは、
双方から頼りないと思われるぐらいがちょう
どいい場合もあるわけで、何事も型にはまっ
た固定観念だけでは済まなくなり、結局はそ
の場その時の状況に応じた対応が必要となっ
てくるのであり、そしてそんな対応ではうま
くいかなくても、うまくいかないなりに活動
が継続されている限りで、とりあえず破局的
な事態になるのは避けられるのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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