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彼の声 2017.9.25 「行政的な手法」

2017/09/25

 産業の振興を促す意図で行政の場で行われ
る手法として、振興したい産業に対する補助
金の交付や、税の減免措置などがあるだろう
が、さらに産業の振興を阻害する可能性のあ
る競合する他の産業に対して課税の強化や、
外国から流入する競合製品に対して関税を高
くする場合もあるだろうし、確かにそれによ
って成長する産業もあるのだろうが、それも
産業自体に成長する要素がないと、酪農のよ
うに補助金漬けになるだけで自滅するような
場合もあるわけで、一概にそのような手法が
うまくいくわけではなく、また原発を設置し
た自治体に多額の交付金を出すような場合も、
交付金を活用して住民に住みやすい街づくり
を目指しても、万が一取り返しのつかないよ
うな事故が起こった時には自治体そのものが
消滅してしまうわけだから、そのような政治
と連動した行政的な手法にも、それによって
もたらされる金銭的な恩恵とともに何らかの
危険や弊害がついて回る可能性があるわけだ。
結局それも民間で行われる投資と同じで、う
まくいく場合とうまくいかずに失敗する場合
とがあるわけだから、確実にうまくいくとは
限らないわけで、かつて毛沢東が無謀な大躍
進政策によって数千万人の餓死者を出したよ
うな荒っぽいやり方とは無縁かもしれないが、
産業上で競合する各国ともに同じようなこと
をやっているだけに、国家間の経済競争に発
展すれば自国だけが特別にうまくいくわけで
はなく、うまくいくにしても相対的な成功に
とどまるだろうし、それによって特定の産業
が発展すれば、競合する別の産業が衰退する
ことになるかもしれないし、またそれに連動
して発展して欲しくない産業が発展する場合
もあるのかもしれず、例えば電気自動車が主
流になると、その電気需要を賄うために原発
が増設される場合もあるかもしれないし、カ
リフォルニア州のように風力や太陽光などの
自然エネルギーを推進する場合もあるわけだ
が、日本などのように原発利権が政治的な主
要勢力と結びついていると、それが原発の増
設の口実に使われる可能性もあるわけで、そ
ういう意味でも行政的な手法がどんな結果を
招くかは、各国の国内の政治情勢や産業分野
の構成にもかかってくるのではないか。そし
て国内でどのような政治勢力が優勢になるか
は、議会制民主主義のような政治制度が機能
している国では、選挙などを通して国民の判
断に任されていることにはなっているのだろ
うが、そのような制度を管理している行政の
意向やそれに与するメディアの報道姿勢も強
く作用してくるわけで、国民の世論もそのよ
うな勢力に誘導されてしまう場合があるわけ
で、選挙結果もそのような作用を被ってしま
うわけだ。

 ともかくどんな結果が待ち受けていようと、
そこで暮らしている人々にできることは、結
果を受け入れようと拒否しようと、政治的な
選択の機会を活かすことだろうし、もちろん
それはやろうとしてもできないことでもある
のだろうが、果たして選択することができる
のかもわからないわけで、選挙で特定の政治
勢力を支持して投票したとしても、それが行
政の意向やメディアによる世論操作を受け入
れた上での行為なら、自発的に選択したつも
りでも実際にはそれらの作用によって選択さ
せられてしまったことになるわけだから、実
質的にはそれが自らの意志で選択したと言え
るかどうかも怪しく思われてくるのではない
か。しかもそれでも構わないのことは確かな
のだろうから、個人の意志など所詮はその程
度のものでしかないと言ってしまえばその通
りで、そのような水準で事の善悪を判断する
のは意味のないことかもしれず、政治的にも
行政的にも産業的にも結果的にうまくいく程
度に応じて、そのような状況下で暮らす人々
の状態や程度も決まってくるわけで、それで
不満ならその不満が選挙での投票行為に結び
つく場合もあるだろうし、不満があってもメ
ディアの世論誘導にうまく乗せられて現状維
持に落ち着く場合もあるだろうし、不満を抱
きながらもそれを投票行為に結びつけられな
いようなシステムが構築されているとしたら、
そんな自覚もなくそのようなシステムに従っ
ているだけとなってしまうのではないか。そ
してそれを特定の誰が制御しているわけでも
ないだろうし、行政機構の集団意志が作用し
ているとしても意図して制御しているわけで
もなく、世論誘導しているように思われるメ
ディアにしても、あからさまに誰かの指示に
従っているわけでもないだろうし、実際にそ
んな指示を出している人物がいようと、その
人物も何らかの集団意志に従っているだけか
もしれないし、責任の所在をはっきりさせて
攻撃目標を定めて攻撃している対象があると
しても、そのような水準では確かにそうかも
しれないが、その攻撃対象が何かのきっかけ
から失脚することがあるかもしれないが、そ
れと同じような攻撃対象など次から次へと現
れてくるだろうし、そういう意味では絶えず
闘争を継続させなければならないのかもしれ
ないし、闘争している自覚もないままなのか
もしれないし、そんなことをやっているうち
に時代も状況も変わって、またそれとは別の
方面からとりとめのない障害や弊害が行く手
に立ちふさがってくるかもしれないが、そう
であるからあまり楽観的にはなれないのと同
時に、そうであるからこそかえって気楽な気
分にはなれるのかもしれず、どのような未来
がやってこようと、そこで人が暮らしている
限りで、政治も行政も産業もそんな人々が暮
らしている社会に何らかの影響や作用を及ぼ
してくるのであり、そうである限りにおいて
成り立つようなものなのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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