文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.9.14 「自己の消失」

2017/09/14

 それほど必要でもないものを欲しいと思う
のは、その欲しいものに魅惑されていること
になるのかもしれないが、それが商品の宣伝
ならわかりやすいだろうし、ましてやメディ
アが注目しているものならなおのこと欲しい
と思わされてしまうのかもしれない。それが
時と場合によってはそうは思わないこともあ
り得るだろうし、実際にそれを手に入れて時
が経てばまた新製品が発売されて、今度はそ
れが欲しくなってしまうのだろうが、そうな
るとその期間だけそれが欲しいと思っていた
ことになるわけで、別の時期にはそれほど欲
しいとは思わないことになり、結局欲しいと
思うものは時と場合によって欲しいと思うわ
けで、その場その時の状況に応じて欲しいと
思ったり欲しいとは思わなかったりするわけ
で、恒常的に欲しいわけではなく、商品の宣
伝やメディアの報道につられて一時的にそれ
が欲しいと思ってしまうのではないか。そし
てそんな欲望を回避するには商品の宣伝やメ
ディアの報道を見ないようにすればいいだろ
うか。それもあるかもしれないが、要するに
それとは別のものを欲しがるように仕向けれ
ば、それを欲しいとは思わなくなるのかもし
れず、何か他の物事に夢中になっていれば、
それを欲しいと思う暇がなくなってしまうだ
ろうし、そういう方向へと自身の意識を持っ
ていけばいいのだろうか。人為的にわざとそ
んなふうに仕向けるよりも、何か自然とそう
なってしまう場合もありそうなのだが、そう
なるには機会を捉えないとそうはならないわ
けで、では機会を捉えるにはどうしたらいい
のかと問われてしまうかもしれないが、なぜ
か理由はわからないがそういう機会が巡って
くることがあるわけで、それまではひたすら
固執していたことが、ある時期からどうでも
よくなってしまい、まるで憑き物が落ちたよ
うにその物事に対する関心が後退していって
しまう時がその機会なのかもしれず、そのよ
うなことは一度体験してみないと実感が湧い
てこないのかもしれないが、ともかくその機
会を捉えるというよりは自然とそうなってし
まうわけだから、実際にそうなってしまった
ら本当に今までのこだわりが嘘のように霧散
してしまうのであり、それが人為的ではない
ことは確かであり、策略や計略とは無縁の自
然現象とみなすしかなさそうで、そんな境地
になることを望んでいたわけでもなく、望ま
ない境地に至ってしまったわけでもなく、そ
うなるべくしてなってしまったと思うしかな
いのではないか。

 別にそれを目指せということでもないだろ
うし、目指さなくても自然とそうなってしま
うことを受け入れるわけでもなく、意識しな
くても自然とそうなっているわけで、結局そ
れは何でもないことであり、とりたててどう
ということでもないわけだが、少なくともど
こかの宗教が説く大げさな悟りの境地ではな
いだろうし、何を信じているわけでもないの
だから宗教とは無縁かもしれないが、誰が求
めていることでもない境地に至っていると思
わなくてもいいだろうし、案外普通に暮らし
ていれば誰もがそんな境地に至ってしまうの
ではないか。とりたてて修行する必要はない
のだろうし、徳の高い人に教えを請うような
ことでもなく、そうなると制度的な教育の類
いとも異なるだろうし、誰に教わるわけでも
なく自然にそうなってしまうとすれば、それ
に何の価値があるわけでもなく、誰もが求め
るようなことでもなく、求めなくても自然に
そうなってしまうようなことなら、別にその
効用について偉そうに説いて回る必要もない
わけだが、ただそうなってしまうと今まで欲
しいと思っていたこだわりから解放されるわ
けで、そうしなければならないという目標や
目的からも遠ざかってしまうわけだが、では
その先で何をやればいいのかとなると、そう
ではないと思うしかないだろうし、その何を
やればいいのかという問いから解放されて、
実際に何をやっているとしても、それに目標
や目的とは異なる何が当てはまるわけでもな
いだろうし、その何かをやっていること以外
ではないことをやっているわけで、それ以上
でも以下でもないのだから、それ以外ではあ
り得ないこととなってしまうのかもしれない
が、果たしてそれでいいのかとなると、良く
も悪くもなく、良くも悪くもあるわけで、要
するにやっていることに対して何をどう判断
すればいいのかわからなくなってしまうので
はないか。要するにそうなると誘惑だとか魅
惑だとかの外部的な動機が消失してしまうの
かもしれないし、商品の宣伝やメディアの報
道がきっかけとなって欲しいものが定まると
いう成り行きから抜け出てしまうと、こだわ
る点が見失われて、意識の中でうまく論理的
な因果関係を構築できなくなってしまうので
はないか。そういう意味でも自身の意識を形
作っている自己とは絶えず外部からの作用や
影響にさらされながら存在しているように思
われるのだろうし、それを意識しなくなって
しまうと自己そのものが意識の中で消失して
しまうのかもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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