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彼の声 2017.8.23 「偽りの限界」

2017/08/23

 人は単純に制度に逆らうのではなく、制度
に依存しながら逆らおうとするのだから、単
純に逆らっていると思っても、依存している
面がある限りは、逆らえない部分もあるわけ
で、結果的には制度に逆らいながらも制度を
守ろうとして、そういう部分で煮え切らない
対応をせざるを得ず、ある意味では偽善的な
態度をとるしかないわけだ。そしてあまりに
も純粋に反体制的な態度を保持しようとする
と、自らがやっていることと主張しているこ
ととの間に食い違いが生じてしまい、そこを
敵対する勢力に突かれて、世間的な信用を失
う危険性があるわけだが、実質的には態度や
行為などの首尾一貫性を保持しようとするこ
と自体が無理なのかもしれず、逆に自らの言
動や行動に生じている矛盾や食い違いを自覚
しておいた方が賢明なのかもしれず、そうい
うところはあまり姑息に隠そうとしないで、
あらかじめ限界があることを示しておくべき
なのかもしれない。そしてその限界を超えよ
うとするのではなく、限界内で何かをやろう
とするのでもなく、やっている時には限界を
意識しないことが肝心だろうか。では何のた
めの限界なのかといえば、それは一種の方便
に過ぎないのだろうし、自らの行動にも言動
にも限界があることを示しながらも、その限
界とは無関係にやるべきであり、やっている
ことには矛盾や食い違いや首尾一貫性や論理
的な整合性などとは別の基準を設けるべきだ
ろうか。ではそこに設けるべき基準とは何な
のかというと、その場でできることをやるべ
きなのであり、その場で何ができるか否かが
設けるべき基準となるだろうか。だからすで
にそこで何かやっている現状があるのなら、
そのやっていることがその場でできることと
なってしまうわけだが、たぶんそれだけがで
きることではないだろうし、そのやっている
ことに加えて何か他にできると思われること
があれば、それもやってみるべきなのだろう
し、実際にやってみてできるならそれもその
場でできることに含まれるわけだ。そうやっ
てできそうなことを試していくと、あらかじ
め示しておいた限界とは違う方面で何かがで
きることに気づくのではないか。もちろん中
にはできることを試す機会や余裕のない境遇
の人もいるわけだから、それを試せるだけで
も贅沢なことなのかもしれないが、一つのこ
とにかかりきりになってしまうと視野が狭ま
って、それ以外にも可能なやり方を見逃して
いるかもしれないわけで、やれることに限界
があるのは確かかもしれないが、その限界と
は違う方面でできることがあるのも確かなの
ではないか。

 それと関連して言えることは、まず他人の
求めに応じてやる必要のないことを探してみ
れば、何かそういう方面でこれまでにない可
能性を見つけることができるのではないか。
その一方で他人の求めに応じてやるような制
度の枠内でやっていることも重要だろうし、
自らができることの大半がそちらにあるのは
確かかもしれないが、自らが何らかの制度に
束縛されているのが不快に思われるのなら、
自然と不快に感じられることに逆らいたくな
ってくるわけで、そんな自然な振る舞いであ
る抵抗を実践する必要があるのかもしれない
が、そこで制度によって講じられている様々
なしがらみを強引に断ち切ることができなけ
れば、あからさまに断ち切るそぶりを見せな
い方が賢明だろうし、その場の成り行きに順
応しながらも自然に逆らえる道を模索する必
要が出てくるのではないか。別にそこで逆ら
っているのを意識する必要はないのだろうが、
不快に感じられることは意識できるはずで、
その不快さを減じようとすれば、それが状況
に対する自然な抵抗となるわけだ。もちろん
簡単に不快さを減じられるような状況ではな
いから不快に感じられるのだろうし、その辺
でやろうとしていることと実際にやっている
ことの間で食い違いや矛盾が生じるわけだが、
それも意識しておいた方がいいのだろうし、
そこで無理に態度と行動との間で首尾一貫性
や論理的な整合性を確保しようとすれば、や
ろうとしていることにも実際にやっているこ
とにも不自然な制限が加わってしまい、どち
らの可能性も狭まってしまうわけだが、むし
ろ矛盾や食い違いが示す方向とは違う方面へ
と可能性の視野を広げてみる方が、新たな可
能性が開けるのかもしれず、そこで矛盾や食
い違いが生じているということは、そこに何
らかの限界があって、その限界が示す方向に
向かって限界を超えようとしているから、結
果的に矛盾や食い違いが露呈してしまうわけ
で、実質的にはそういう方面ではそこが限界
点であり、それ以上は先へは進めない状態に
あるのではないか。だからといって別の方面
を模索するとなると、何か限界から逃げてい
るように思われるかもしれないが、逃げるこ
とを卑怯だとか妥協的な態度だと思ってみて
も、そう思っている限りで限界と向き合うし
かないわけで、自らの限界を乗り越えて前進
することができると思うならば実際に試して
みればいいわけで、中にはそうやって限界を
克服した人もいるのかもしれないが、結果的
にそうなったとしてもそれが自然な成り行き
に思われるだけで、そういう成り行きの中で
前進している人には、自らの態度や行動に矛
盾も食い違いも感じられないのだろうから、
それで構わないわけだ。実際にそうなればそ
れはまだ限界ではなかったことになるしかな
く、限界を超えられた時点でそれは限界では
なくなってしまうわけだから、そうなれば矛
盾も食い違いもないわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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