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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2017.8.13 「自然な感情」

2017/08/13

 物事を単純化して捉えるならば、何らかの
事業に資金を投資することによって利益を生
み出して、その利益の蓄積によって生じた資
金をまた事業に投資することによって、経済
活動の継続的なサイクルが生じるわけだろう
が、その事業に組み込まれる人の取り分に関
して、その労働に見合う賃金が支払われてい
るかどうかについては、労働者が賃金で実際
に生活できるかが一応の基準となるだろうし、
生活できなければ働けないわけだから、その
事業が成り立っている限りでは、そこに組み
込まれている労働者には、それなりに生活で
きるだけの賃金が支払われていることにはな
るのだろう。もちろんぎりぎりのかろうじて
生きながらえるだけの生活では不満だろうし、
そのような悲惨な境遇の労働者が社会の中で
多数派となれば、社会に不満が充満して共産
主義革命への機運が高まるかもしれないが、
そのような労働者が少数派にとどまっている
限りで現状が維持されるのだろうし、実態と
しての現状が実際にどうなっているかは、人
によっても立場によっても見解が分かれると
ころだろうし、別に現状で共産主義革命への
機運が高まっていないからといって、労働者
が現状の賃金で満足しているとは言えないだ
ろうし、もらえるものならいくらでも賃金を
上げて欲しいのが人情だろうが、個々のケー
スで過労死するほど働かされたり、賃金が安
すぎて人並みの生活が送れずに苦しんでいる
人や、何よりも不快な労働をさせられるのが
最も心身に堪えるわけで、嫌悪感を抱きなが
ら我慢して働いていると、そこで生じるスト
レスが他者への攻撃的な感情に転化するわけ
で、そのような感情を糾合してぶつける的と
して、安易に用いられるのが国家的な敵であ
ったり、様々な差別の対象としての民族や宗
派や人種となるわけだが、保護や援助を必要
とする身体障害や精神疾患を患っている社会
的な弱者を攻撃するのも、やはりそういう感
情に起因しているのだろうし、自分たちが苦
労して働いているのに、彼らは何もせずに生
かされていると思われてしまうわけだが、そ
んな他者の境遇を尊重できない偏狭な余裕の
なさは、自分たちの境遇の余裕のなさから生
じていることは確かだろうし、もちろんそう
いう感情を糾合して焚きつける指導的な立場
の人たちは、経済的にも仕事的にも恵まれた
環境の中で生きているわけだろうが、そうい
う人たちにも不快にさせる事情があるのかも
しれず、例えば自分たちを認めてくれないア
カデミックな権威に対する劣等感を感じてい
て、そのような鬱憤を晴らすべく、彼らも彼
らで自分たちを三流ぺてん師扱いする左翼的
なメディアに対して、攻撃的な感情を糾合し
て戦いを挑んでいるのではないか。

 不快なストレスを生む労働が世の中からな
くならない限りは、攻撃的な感情もなくなら
ないのだろうが、そんな攻撃的な感情が革命
へは向かわずに、社会的な弱者や異分子へと
向かうのは、現にそんな社会の中で生かされ
ているという実感から生じていて、自分たち
もあわよくば社会の支配層になりたいという
願望もあるのだろうし、社会のお荷物である
弱者や異分子を排除すれば、より豊かになれ
るという思い込みもあるだろうし、彼らは彼
らなりに共産主義者とは違った意味で、社会
を全体として捉えているわけで、それが部分
的な絡み合いでしかないことを理解していな
いのではないか。社会は全体として成り立っ
ているわけではなく、成り立っている部分も
ある一方で、成り立っていない部分もあって、
実際に成り立っていない部分では争いが絶え
ないし、その中で人も集団もいがみ合い敵対
して攻撃しあっていて、成り立っている部分
でもいつ何かのきっかけで成り立たなくなる
のかもしれず、成り立っていない部分でも何
かのきっかけで成り立つようになるのかもし
れず、そんな中で人も集団も様々な次元で離
合集散を繰り返していて、そこから絶えず社
会的な弱者や異分子が生み出されているわけ
だから、それらをいくら排除しても次から次
へと生まれてくるわけで、それらをいちいち
攻撃して排除していたらきりがなくなってし
まうわけだが、それも社会が成り立っていな
い部分で生じている争いでしかないわけで、
もちろんそのような行為に対して反発や非難
も繰り返しなされているわけで、それもそこ
での争いに含まれているのだから、どうあが
いても人の攻撃的な感情がおさまる気配はな
いだろうし、それの元凶となっている不快な
ストレスを生む労働にしても、社会の中で何
らかの競争が生じている限りは、労働の内容
に優劣が生まれるのは当然であり、競争に勝
った者からやりたいことをやれる成り行きと
なるなら、負けた者はやりたくないことをや
らなければならない境遇に追い込まれるわけ
で、そこでは勝ち負けの実感さえ意識できな
いこともあるのかもしれず、何だかわからな
いが成り行き上やりたくないことをやらされ
る役割を担わされる場合もあるわけで、自分
が何に負けているのかもわからず、ただひた
すら不快なことをやらされる羽目に陥ってし
まえば、もはやそれは競争でさえないわけで、
それが嫌なら仕事をやめればいいわけだが、
やめられない事情もあるだろうし、やめたと
ころで嫌な仕事しかなければ我慢してやるし
かないわけで、そしてそんなことを延々とや
り続ければ、もはや不快だとも思わないわけ
で、自覚のないまま不快な仕事をやり続けれ
ば、ストレスも感じないのに攻撃的な感情だ
けが湧き上がってくる事態となり、そういう
人たちにはこんな説明自体がデタラメとしか
思えないのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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