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彼の声

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彼の声 2017.8.9 「関係の相対性」

2017/08/09

 投資という行為が成り立つには資金の蓄積
がないとならないだろうし、資金を蓄積する
にはどうしたらいいのかと言えば、何らかの
方法で資金を集める必要があるわけで、それ
に関してもっとも説得力のある方法は、経済
活動によって得た利益を溜め込むことだろう
し、そうやって自己資金を蓄積していけば、
それを元手にして事業を拡大してさらに利益
を出せば、さらに蓄積した資産を担保にして
金融機関から資金を借りる方法も出てくるだ
ろうし、行なっている事業を法人化すれば、
株式や社債などを発行してさらに資金を集め
られるだろうし、普通はそうやって投資とい
う行為を継続させると同時に、事業を拡大さ
せて資産を増やす成り行きにはなるのだろう。
もちろんそれらの経済行為が順調に発展すれ
ばそうなるだけで、発展しない場合もあるし
破綻してしまう場合もあるわけだ。その一方
で民間の投資では賄えないほど大規模なプロ
ジェクトを行うときには、国や地方自治体の
予算を使って事業を行うことになるわけで、
その場合は利益が出る見込みがなくても、政
治力によって公的資金をつぎ込めば延々と事
業が継続されるわけで、世の中がそれ一辺倒
だとかつての社会主義国のように経済が停滞
してしまうわけだが、社会主義的な政治体制
の国でも資本主義的な経済手法を取り入れた
ところでは、中国やベトナムのようにそれな
りに経済が活性化している国もある一方で、
資本主義的な経済体制の国々でも社会主義的
な経済手法を取り入れて、行きすぎた利益一
辺倒の経済至上主義にブレーキをかけている
ところもあるのだろうし、投資という行為が
利益の蓄積を前提としている限りで、経済至
上主義になるのは当然の成り行きであるにし
ても、一つの手法だけに偏向してしまうと必
ずその弊害が出てくるわけで、民間投資にし
ても公共投資にしても、様々な方法が共存で
きるような環境が結果的に形成されていれば、
それらの力が打ち消し合って極端な不均衡に
は陥らずに済むのかもしれず、何か一つの解
決法を求めようとしてしまうのは、状況を単
純化して捉えようとする傾向から生じてしま
うのだろうが、そういうところで安易な答え
にたどり着こうとしないことが肝要なのだろ
うし、そういう意味でその場で選択可能な様
様な手法の長所と短所を把握しておけば、状
況に応じた手法を選ぶことにもなるだろうし、
また特に何も選ばない選択も出てくるのでは
ないか。

 利益を求めすぎてはいけないし、かといっ
て利益を求めないわけにはいかず、どちらに
してもそれが正解ではない場合もあるし、正
解である場合もあるだろうし、こう述べてし
まうとごまかしにしかならないだろうが、世
の中で行われている経済活動の全てが成功す
ることはあり得ないわけで、成功していると
ころがある一方で失敗しているところがある
のは当然の成り行きであり、それを全体的に
見てしまうと、全ての経済活動を成功させる
にはどうしたらいいかというあり得ない問い
を設定して、答えの出ない問いに答えを出そ
うして苦悶することになるわけで、いくら有
能な人材を育成して競争させても、競争に勝
ち残る人がいる一方で競争に敗れる人も当然
出てくるわけだから、そこに競争がある限り
は参加した全員を勝たすことは原理的にでき
ないわけだ。そして競争自体が勝ち負けの不
均衡を生んでいるわけだから、いくら公正で
平等な競争を実現しても勝ち負けの不均衡を
なくすことはできず、だからと言って競争を
なくすわけにはいかないわけで、そこで何ら
かの競争が生じている実態を否定するわけに
もいかない。また競争で成り立っている社会
であれば、勝者の意向を尊重しなければなら
ないだろうし、勝者の立場がそれなりに優遇
されるのも当然で、またそうしないと競争し
た意味がなくなってしまうし、競争で成り立
っている社会の存在意義もなくなってしまう。
そしてその一方で競争に参加しない自由もあ
るわけで、別に勝者を敬う必要を感じない人
たちがいても構わないわけで、そういうとこ
ろでは競争で成り立っている社会の価値観を
共有しない人がいても構わず、実際にそうい
う勝者の価値観に背を向ける人々も結構いる
のではないか。その辺が微妙なところであり
世の中の矛盾したところでもあるわけだが、
人はいつでも結果的に生きている場合があり、
社会の中で様々な成り行きが錯綜していて、
一つの価値観だけが支配的な作用を及ぼして
いるわけではなく、もちろん支配的な価値観
を宣伝して、そうした価値観のしもべになる
人を取り込もうとする集団などいくらでもあ
るわけだが、いくらでもあるだけに一つの集
団が社会の全てを支配するには至らないのか
もしれず、至らない限りで社会の多様性や多
元性が実現されていると言えるだろうか。そ
うだとしてもそれが理想的な状態であるわけ
でもないし、別にありもしない理想的な状態
を目指す必要もないわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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