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彼の声 2017.8.5 「判断とは無関係な異議」

2017/08/05

 人が政治に参加していると思えるのは特定
の政治家や政党を支持したり批判したりする
時だろうか。実際に選挙に行って投票する時
が政治に参加していると思える時なのかもし
れないが、それは実質的には間接的に政治参
加しているに過ぎず、実際に政治に参加して
いるのは選挙で当選して議員や首長になった
人たちだろうか。それが議会や行政において
何らかの仕事を行うということならその通り
だろうが、それよりは広い意味で政治参加と
いうと、何やら曖昧なことにしかならないだ
ろうが、複数の人が集まって協議して何かを
決めることが政治であり、その協議に参加す
ることが政治参加となるわけで、そのような
手法で何かを決めなければならないこと自体
が、社会の慣習となっていて、そのようなや
り方で何かを決めることによって、その協議
に参加した人たちの了解を取り付けるのが政
治の目的であり、参加者たちがその社会で暮
らしている人たちを代表していれば、そこで
決められたことを他の人たちも守らなければ
ならなくなり、守れない人が何らかの処罰を
受けるような成り行きになれば、そこで決め
られたことが社会の中で有効に機能している
ことになるのだろうが、それ以外にやり方が
ないのかといえば、たぶん色々とあるのだろ
うが、政治的に何かを決めるということに関
しては、そういうやり方が妥当なやり方とし
て、他の社会の構成員も個々の事例に関して
は反発することもあるだろうが、概ね認めざ
るを得ないやり方なのだろうし、そうするこ
との全てが正しいとは思えないにしても、政
治的な手法としては、選挙で選ばれた代表者
たちが集まって協議を重ねて、人々が従うべ
き決まり事を練り上げることが、一応は普遍
的な方法として世の中で定着しているわけだ。

 そんな原則論をいくら述べたところで何が
どうなるわけでもないと思えるかもしれない
が、ともかく政治家と呼ばれる人たちにあま
り過度な幻想を抱く気にはなれないし、政治
家にできることもそう多くはないだろうし、
政治家や政党や政権を支持したりしなかった
りすることが、それほど重要なことだとも思
えないが、彼らが実際にやっていることに注
目することぐらいしか、選挙の時の判断材料
はないような気もするし、あとは彼らの政治
宣伝をどこまで信用できるかが判断材料とな
るわけだが、それ以外のところは枝葉末節な
どうでもいいことかもしれず、その中にはメ
ディアが醸し出す同調圧力などの空気が支持
したりしなかったりする上で重要な要素とな
る場合もありそうで、それがメインになって
しまうと実質的にはそれは空疎な判断材料で
しかないわけだから、そういう空気に同調し
て支持したりしなかったりするのは、やはり
どうでもいい結果しかもたらさないのかもし
れないし、しかもそのどうでもいい結果が選
挙結果と一致すれば、政治自体があまり意味
のないもののように思われてきて、たぶんそ
れがまぎれもない政治に対する実感であって
も構わず、その程度のことだと思っていても
それほど間違ってはいないような気もしてく
るわけだが、そうなると政治不信になるのが
当然の成り行きになるわけで、別にそれでも
構わないのだとすると、では何のために政治
は行われているのかといえば、たぶん何のた
めでもなく、誰のためでもないようなことが
行われているはずかもしれないが、実質的に
はそうではないにしても、そう思っておくの
が妥当な認識かもしれない。そしてそうであ
るなら誰もが政治に参加している気になるよ
うなことにはならず、選挙で当選した人たち
が政治に参加すればいいようなことでしかな
く、それ以外の人は政治に無関心であっても
構わないのではないか。

 政治の場で何が決まるにしても、別に決ま
ったことに異議を唱えてもいいわけで、実際
に多くの人たちが異議を唱えているわけだが、
それが政治不信を象徴する出来事であるにし
ても、たぶんそのこと自体がおかしいわけで
はなく、それが当たり前のことだと思ってお
いた方がいいのかもしれず、別にそれは異常
事態でも何でもなく、逆に政治不信がない方
が異常事態だと言えるのかもしれず、誰もが
政治家のやっていることには異議を唱え、逆
らうような意思表示をしても構わないわけで、
またそれと同時に政治に無関心であっても構
わず、政治に参加しなくても構わないわけだ。
そういうところでメディアが醸し出す同調圧
力に屈する必要はないわけで、また同調圧力
に屈しても構わないわけで、さらに屈してい
るつもりがなくても、政治に参加しているつ
もりになっても構わないわけで、その辺で選
択の自由を確保しておいた方が、メディアを
通じて促される見え透いた煽り立てに同調し
ない心の余裕が生まれるのではないか。何に
せよ世の中で広く行われているような慣習が、
制度として守るべきものとして人々に共有さ
れると、途端に同調圧力を伴ってくるわけで、
それに屈するか屈しないかではなく、そのよ
うな選択を強要してくる空気を感じ取ること
が重要かもしれず、結果的に同調圧力に屈し
ても屈しなくても、そのこと自体を判断基準
にはしない態度を取っていれば、何かそれな
りに納得できる判断が行えるのではないか。
そしてその判断が間違っていようと正しかろ
うと、その判断に固執するのではなく、その
場の状況に合わせて判断を気軽に変える勇気
が必要だろうし、いつまでも固定観念や先入
観ばかりで判断していないで、それらに矛盾
するような判断を頻繁に下しても構わないわ
けで、逆に固定観念や先入観ばかりにこだわ
っていると、メディアを通じて醸し出される
同調圧力に屈するか逆らうかが、最も重要な
判断基準だと思われてしまうわけで、それが
枝葉末節などうでもいいことだとは思えなく
なってしまうわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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