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彼の声

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彼の声 2017.8.1 「ゲームのルール」

2017/08/01

 人がやっていることは結局はゲームでしか
なく、誰もがゲームに勝つために最善を尽く
さなければならないと考えるなら、そのよう
な単純化の中で見失われるのは、ゲームとは
関係のないところで行われている行為になり
そうだが、いったんそれをゲームに見立てて
しまうと、たぶん何がゲームとは無関係であ
るとも言えなくなってしまうのかもしれず、
人が行なっていることの何もかもをゲームに
関連づけようとすれば、できないこともない
のかもしれない。それだけそれをゲームだと
みなしたい衝動に駆られるような社会情勢の
中で人は生きていて、誰もがゲーム的に人生
を楽しんでいるつもりになりたいのだろうか。
それともそれは根拠の定かでない妄想に過ぎ
ず、ゲームとみなしたいそれとは何かによっ
て、それを楽しめるかどうかが異なるのかも
しれず、実際にそれとは何なのかをはっきり
と確定しなければ、何がゲームだとも言えな
くなってしまうだろうか。実際には人はそこ
で何をやっているのか。ただ世界の中でさま
よっているだけはないはずだ。たださまよっ
ているだけなら、少なくともそこで何を探し
ているのでもなく、何と戦っているわけでも
ない。さまよっているように思われてもそこ
に目指すべき何かがないわけではなく、探し
ているそれはすでにそこにあり、戦っている
つもりのそれは仮想現実の相手ではなく、生
身の人間であり組織的な集団だろうか。戦う
のが嫌な人ならそんなことはないと思いたい
だろうが、思っているだけでは済まないので
あり、実際にそこで何かをやっている現実が
あり、そんな現実がある限りは誰かと対峙せ
ずにはいられなくなるだろうか。しかしどう
やれば目の前の現実を攻略できるだろうか。
そう考えること自体がゲームと変わらないの
かもしれないが、特に何に参加しているわけ
でもないのに、現実の攻略法を考えているよ
うなら、すでにそこでゲームにはまっている
証拠だろうか。中には実際に特定のゲームに
参加している人もいて、それが遊びだろうが
スポーツだろうが、ゲームに興じている実態
があれば、思考がゲーム的な方法に依存する
のも無理はなく、遊びやスポーツと仕事の類
いは違うとしても、そこに明確な区別がつけ
られない事情があるなら、そんな事情に囚わ
れながらゲームに興じているのではないか。
もっともそれがゲームだと自覚していない場
合もありそうだが、果たして勝ち負けの定か
でないゲームがこの世界にあるだろうか。見
方や考え方によってはそればかりかもしれな
いのだが、勝ち負けが定かでなければゲーム
とは言えず、世の中がそればかりならゲーム
以外のことばかりとなってしまい、そもそも
それらをゲームとみなすこと自体が間違って
いそうだが、いったいそれらとは何なのか。
要するにそれは人と人とが関わり合うことの
全てなのかもしれず、それをいちいち勝ち負
けの基準で判断しようとすること自体がおか
しいのかもしれない。

 確かに遊びやスポーツの範疇で行われるゲ
ームには勝ち負けがつきものだが、その勝ち
負けというのが遊びの範疇である限りは、あ
まり深刻に受け止めるようなことではなく、
そこで勝っても負けても遊びである限りは、
それ以上の何がもたらされるわけでもなく、
それらは娯楽の延長上で行われていることで
あり、そういう認識に固執する限りはそこか
らむやみに逸脱することもないわけで、それ
が遊びで済んでいるうちは、まだ心に余裕が
あるだろうし、心に余裕がある限りで、いく
ら勝負が過熱しても遊び相手との関係が壊れ
ないように配慮するのではないか。ではそれ
が遊びではなくなればそうもいかなくなるだ
ろうか。勝負がその人の実生活に深刻な影響
を及ぼしたり、例えば多額の金銭が絡んでく
れば、遊びではなくなる可能性も出てくるだ
ろうが、そういう成り行きになった時に、な
りふり構わず手段を選ばずに勝ちに行けば、
それがエスカレートすると漫画の中での殺し
合いのような様相を呈することにもなるだろ
うか。そこに何らかのルールがあれば、お互
いがルールを守る限りでルールの範囲内で勝
ち負けが定まって、別に殺し合いでなくても
構わないようなことになるのだろうが、はっ
きりしたルールも決まりもなければ、かえっ
て直接対峙する機会がなかなか得られずに、
そのほとんどはすれ違いに終わるのかもしれ
ず、相手に向かって勝負を挑むような機会な
ど、そう簡単には巡ってこないのかもしれな
い。中には偶然にそうなる場合もあるだろう
が、その大半は意図的に勝負を避けているの
であり、普通は面倒なことが起こらないよう
に戦いを避けるのであり、何から何まで勝負
にこだわっていたら身がもたないだろうし、
些細なことにいちいち因縁をつけて喧嘩して
いたらきりがなく、どうせやるなら身の安全
が確保された上で、勝っても負けても恨みっ
こなしの申し合わせを共有した状態でやりた
いわけで、そうなると真剣勝負はあり得ない
だろうし、できれば遊びやスポーツで対決す
る方が無難であり、それ以外でもルールに基
づいて公平で公正な判断を下す審判が必要と
なってくるし、そういう意味でゲームとは制
度的にはっきりと規定されたルールの範囲内
で成立するものであり、それ以外はゲームと
は呼べず、そこで何かしら対決が起こってい
るとしても、それはゲームではないわけで、
中にはゲームを装いながらも、なりふり構わ
ず主導権を握っている側の都合に合わせてル
ールを勝手に変更したり、相手には勝手なル
ールを課しながらも、主導権を握っている側
は何でもありで、勝つためには手段を選ばず、
自分たちの負けは絶対に認めようとしないば
かりか、相手の言い分がどんなに筋が通って
いても、そんなのは無視していくらでも屁理
屈で言い返し、相手のやっていることは全て
否定して、自分たちのやっていることは全て
自画自賛するようなことが平気でやられてい
るなら、そこではもはやゲームなど成り立っ
ていないわけで、そんな状況の中で主導権を
握っている側がいくら勝ち誇って見せても、
味方以外は誰も勝ちなど認めないだろうし、
そんなことばかりやっていると、いずれ味方
からもそっぽを向かれて、裸の王様になるし
かないだろうか。 

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創刊日:2001-03-26  
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